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077月/21

人吉・長野レポート【6月】

人吉市

4月から活動を中止していた人吉復興VCですが、6月に入り蔓延防止措置が解除されたことにより一般ボランティアの受付も再開しました。
停滞していたニーズが一気に動き始めました。

コミュニティ支援

継続的にサポートに入っている大柿地区、一面に畑たんぼ景色が広がっています。
その全てが泥水に浸かり、また遊水地案も重なり再開した田畑はほんの一部です。
そんな中、被災されたお宅の畑の一端をお借りして住民さんと夏野菜を中心に植えました。

全てを元通りにはできないけど、やれることから少しずつ、これまでの支援の種から芽を、夏野菜と一緒に覗かせています。

協力団体:一般社団法人ピースボード災害支援センターおれんじぴーすDRT-JAPAN長崎-

伝える活動

社協スタッフと一般ボランティアの方々へ座学とOJTを合わせた研修を行いました。
座学では支援の目的や復旧ロードマップを使った発災から再建までのプロセス等、実践では脚立を使った高所作業や道具の使い方など半日という時間で「伝える活動」を行いました。

今後も中長期的な支援が必要な人吉球磨、地元の方々が気付き、行動し息の長い支援へと繋がって欲しいです。

ベース片づけ

拠点として使わせて頂いていたお宅が公費解体の時期へ。
被災されたお宅を一時復旧し、約7か月のあいだ人吉ベースとして活用させていただきました。
感謝の意を込めて片づけと退去準備を、拠点は無くなりますが支援活動はまだ続く予定です。

 

長野

寒冷地の長野も、次第に暑くなってきました。
朝夕は涼しいですが、日中はジリジリ焼けるような日差しです。

かりぐらし

コロナ禍対策のため、住宅付き就労支援事業として、長野県社会福祉協議会の事業に引き続き協力しています。通称かりぐらしプロジェクト。コロナ禍で住まいやお仕事を失った方を、長野市のシェアハウスで受け入れています。

そのかりぐらしのメンバーは、6月も数名増えました。別の場所へ旅立っていった人たちもいたので現在は少ないですが、一時は最大利用者7名でした。
いろいろな事情で前職を辞められて求職中の方、車中泊を続けていた方など、利用者さんのお話を聞くと、コロナ禍の影響で厳しい生活を送られている方は多いと感じます。

現在はそれぞれ農業のバイトに出かけたり、社会福祉協議会からのサポートで面接にいかれたりと活発に動かれています。いろいろな人と繋がっていただけたらなとサポートをしています。

ワークライフ組合サポート

あの台風被害から1年半ほど経った長野市の課題は、公費解体後の更地増加や、耕作放棄地の雑草です。

住み続けている人と地域を離れた人が混在する地域で、今まで地続きだった地区が、歯抜けになっている。どうやって地域を維持していくのか、という課題が大きくなっています。

そんななかで、長沼ワークライフ組合という組織が4月に設立され、6月から本格的な活動を始めています。目に見えやすい耕作放棄地や雑草という課題を、地域で・自分たちで解決しようという動きです。
6月の本格始動から、運営サポートをしています。

長沼地区は地区によっての被害状況が違います。そのため課題もそれぞれ違いがあります。違う課題を持つ地区が一つになり組織化するのはとても難しいですが、とても重要だとも思っています。

外部者である私たちがどうサポートさせていただけるか、手探りで進めています。

長野県社会福祉協議会さんとの連携

上記のワークライフ組合のサポートも含めて、長沼・豊野地区へのサポートを続けています。
この動きは、長野県社会福祉協議会との連携という形でしています。

発災から、2年目の節目が見えてきています。
しかし、決壊した堤防の再建についてや、今後のまちのつくりについて、復旧の仕方をまだ模索しているところです。
その過程で、行政と住民との意見に溝が生じる点もあります。そうした面では、外部の柔軟な動きが必要な場面がまだあります。

今後、長沼、豊野地区で何が出来るか、何が必要なのか住民の方のお話を聞きに行ったり、サロンやイベントに顔を出す機会を増やし、検討と整理をしています。

ふらっと農園

保育園生と一緒に大豆植えをしました。
昨年に引き続き、小川醸造所さんの完全バックアップをいただきました。
減農薬で保育園の子どもにも安心して食べてもらえる大豆をと思っているので、7月は草との戦いです。
また、玉ねぎも大きく育ち雨が続く前にみんなで収穫をしました。
紫玉ねぎを植えているお家が少ないのでいつもお世話になっている地域の方にお裾分けしています。

 

新メンバー 花ちゃん

インドから帰国し、帰国難民となったはなちゃんが長野メンバーに加わってくれました。
コロナ禍でのインドからの帰国は、周りの目が厳しく実家である和歌山に戻ることが出来ず、行き場に困っているということだったので、長野に来てもらいました。

花ちゃんから一言
とむさんとは2011年の和歌山県那智谷の災害の時にお世話になってからのお付き合いで、今回もとても嬉しいお声かけを頂き長野の来させていただきました。

長野の皆さんや日本の皆さんのために、私が出来ることを結を通じてさせていただけたらなと思っています。(花)