Category Archives: 活動報告

036月/21

人吉・長野レポート【5月】

人吉市

今年の西日本は例年より2週間も早い梅雨入りとなりました。
九州では5月でありながら警報が鳴り響くような大雨が何度も発生。
また5月31日には台風31号がフィリピン沖で発生するなど、今年の出水期が気になる次第です。

各団体との作業連携

雨が降ったことにより、今まででは無かったニーズがちらほらと出てきました。
そのうちの一つに、自宅近くの側溝の水が溢れだし、敷地内や再建中の家屋内に水が入ってきた、というお宅が。
仲間が駆けつけ原因をつきとめ、応急処置をして最後は連携団体のみんなと手作業で泥出しを行いました。
被害の発生から解決まで、スムーズに対応できているのは発見してくれる目がたくさんあり、そして協力してくれる団体がいるからです。
定期的に開催している連携会議ですが、その成果が見られた瞬間でした。

連携団体
め組JAPAN熊本支援チームくまもと友救の会
人吉市社会福祉協議会おれんじぴーすDRT-JAPAN長崎-
レスキューアシスト熊本Borderless Fire Kumamoto

再建ニーズ

人吉を見て回ると解体工事が進んでいる家屋が増えてきたように思えます。
そんな中で、壊す予定だった自宅を悩んだ末に再建したい、と相談に来る住民さんがいらっしゃいました。
理由は、ご近所さんからの戻って来て欲しいとの声、大切なお庭をやっぱり守りたい、と色々です。
そんな住民さんに寄り添い、相談に乗りながら作業を進める毎日でした。
全て私たちがやるのではなく、大事なお家を一緒に再建する、個人や地域のエンパワーメントを大切にしています。

 

コミュニティ支援

今まで復旧作業に入った各市町村の集会所。
集会所に限らず、被災してできなくなってしまったことはたくさんあるけど、できる範囲で少しずつ再開していくことが大切です。
支援の「種」から「芽」をはやす、そのための準備をちょっとずつスタートさせています。

 

長野市

長野県での活動も、続いています。
4月の遅霜の影響で、やはり今年の実りが少なくなっているようです。

本当は、花や実も段階で、育てる実を決めて、何度も摘花や摘果するのですが、落とす花や実がないところも多いようです。
「仕事がなくなってしまって、何しようかなぁ」なんて声も聞こえます。
令和になってから、いいことがないよ、とこぼす方もいます。
自然と向き合いながらの第一次産業には、大きくしわ寄せがきていると感じます。

長野の5月はこんなことがありました
・保養キャンプに参加
・さつまいも植え
・豊野ベース片付け
・かりぐらし

 

保養キャンプ

2011年から連携をしている団体で、SeedsOfHopeという団体があります。災害時の緊急支援もやりますが、2011年から継続して、福島の子どもたちの保養キャンプを開催しています。ちょうど、長野市のお隣の信濃町にあるお家をお借りして、キャンプを実施していたので、長野の野菜を持っておじゃましてきました。

 

さつまいも植え

去年のさつまいも収穫に続いて、近くの保育園の子どもたちと一緒に、さつまいもの苗を植えました。

ちなみにさつまいもの苗は、熊本地震で被災した農家さんから買わせていただきました。
受け取りに行った時にお話を伺うと「ちょうど1週間ぐらい前に家を再建できたよ」とおっしゃっていました。
それぞれ、どの地域も被災から時間が経つと注目が薄くなりますが、まだまだ、再建の道半ばです。

そんなさつまいもを、ふらっと農園のはたけに植えました。去年と同じ場所です。
初めて植える子も、何回目かの子も、元気に楽しそうに植えてくれました。

植えるための穴を掘るのが楽しかったり、近くの虫と遊んだり、何もなくても遊べちゃう子どもたちは、見ていて飽きません。
当日近くにいた奥様方も、子どもたちの声があってにぎやかで良いね、と見守ってくれていました。

ふらっと農園、保育園からは子どもたちの足ではちょっとあるけど、もともとお散歩コースにあります。
これからもお散歩のついでに、お芋の成長を見守ってもらう予定です。
こうして、地域の方と保育園の子どもたちと、みんなが関わる場所になればいいなと思っています。

 

豊野ベース片付け

2019年12月ごろから借りていたお家を、返すことになりました。

もともと全壊判定を受けた被災したお家で、借りる時には空き家で、今後の方針が決まっていませんでした。お家の方が公費解体を決断されたので、それに合わせて退去となりました。

 

お借りする時に貼った壁や床・断熱材は、使えそうな物を撤去。東京の子どもの遊び場や、和歌山など、支援仲間にお譲りして活用してもらいます。

結の長野事務所は、6月から徳間のヒルトップ(かりぐらしプロジェクト)に移します。

 

かりぐらし

コロナ対策事業として、住宅付きの就労支援事業を長野県社会福祉協議会さんと一緒に進めています。

4月までは3人だった入居者ですが、5月に入って3人追加となりました。

海外から帰国した、長野であたらしいことに挑戦したい、など理由は違いますが、いろいろな所に、コロナの影響が出てきた結果の利用だと感じています。

コロナの影響が出だしてから丸一年以上。今までは耐えられたけれど、そろそろ限界、という面もあるのかもしれません。

事業としての予定は、一年のため11月までですが、状況を見ながら、今後どうしていくかを検討するつもりです。

095月/21

沖縄研修について

Facebookの毎日投稿で少し触れていた、沖縄研修について

 

研修の目的

沖縄には災害はなくとも、様々な社会課題が存在しています。
その大きな原因の一つが76年前の沖縄で繰り広げられた地上戦です。
以前沖縄へ訪れた際、ウチナンチュ(沖縄人)に限らず、現代の日本人として沖縄の課題を知るべきだと感じました。
しかし、沖縄の抱える問題を私の身の回りの人に話しても、あまりピンときてもらえなかった。そもそも沖縄戦のことをよく知らない人が多いと分かりました。
今もなお、南部の土砂投入などいろいろな形で課題が進行しているからこそ、現地で過去に何が起きたかを振り返る、そして今後のことを一緒に考えて欲しい。
そういった思いから沖縄研修を実施しました。

研修の前提として、コロナウイルスを持ち込まない・広げないことを最優先にしました。
参加者には、沖縄到着時と参加後に抗原検査を実施しています。
また今回は災害NGO結の位置づけや色々な点を考慮して結の経費は使っていません。

研修の工程
<1日目>
平和記念公園資料館の展示→展望台→平和の礎→各県の慰霊碑→沖縄師範健児の塔→ひめゆり資料館→魂魄の塔→熊野鉱山→ガマ
<2日目>
普天間飛行場が見える嘉数展望台→辺野古漁港→多幸の山学校で高江ヘリパッド問題のお話会

1日目は、ガイドのMさん(普段は修学旅行生などのガイドさん)に同行してもらい、沖縄の過去、現実を一つ一つの場所でお話しいただき落とし込んでいきました。

平和祈念公園

資料館の入り口には不発弾が展示されています。現在も不発弾が各地で発見され、沖縄では建設前に地中の金属探知が必須だそうです。
しかし近年でも、探知が十分でないため工事中に爆発、負傷者が出たという事故があるそうです。

資料館の展望台では辺り一片が見渡せました。
ぐるりと陸地側に目を向けると、土地開発のため削られ、むき出しになている茶色い土の砂山がポツポツと確認できます。
沖縄は世界で最も海岸線を開発されている地域の一つ。
糸満市西崎や那覇空港も、埋立地です。
経済発展のために開発を進めなければならない、ただそこでは自然の海岸線が失われる等、いろいろな課題が見えるなと感じました。

平和の礎

たくさんの礎に、沖縄戦で犠牲になった人の名前が刻まれています。沖縄の人、日本軍として全国各地から来た人、また連合軍である米軍や諸外国の兵士の名前も刻まれています。
当時敵対国であった犠牲者の名前も一緒に記されているのは珍しいそう。
碑には基本的に名前がフルネームで彫られているのですが、中には○○○の次女、などという表記も。家族全員が犠牲になってしまうと、その子の名前も分かりません。4人に1人が犠牲になった沖縄戦、という規模を実感しました。

摩文仁の丘

摩文仁の丘を登った一番奥には、陸軍の司令官だった牛島満の石碑があります。彼の石碑が丘の一番奥、一番高い場所にあるのも、なんだか考えさせられました。

健児の塔

健児の塔は、沖縄師範学校から動員され、犠牲になった男子生徒が祀られています。当時の沖縄師範学校の学生といえば、エリートだったそうです。若き沖縄のエリートたちが多く犠牲になったしまったことは、沖縄の戦後復興に大きな影響を与えたはずです。

ひめゆり資料館

ひめゆり資料館はその日から展示内容をリニューアルしていました。
2年前に来たときよりも、明るい雰囲気。写真や沖縄戦についての説明が、柔らかいイラストと、ひめゆり学徒隊の生活を詳しくまとめたものに変わっていた気がします。
平和祈念公園の資料館が、沖縄戦の総合的な説明だとしたら、ひめゆり資料館は、少女たちがどうやって戦火に巻き込まれ、どんな体験をしたのかを一つひとつ追いかけるような構成だと感じました。
全体のコンセプトも、一つひとつの証言が残すメッセージも、風化させないという意志を感じるものでした。
沖縄戦を学ぶ上で、避けてはいけない施設かもしれません。

ガマ

入り口から別世界のような空間で、ひんやりと涼しい。
狭い入り口の先には、空間は広がっていて立派な鍾乳洞になっていました。
頭と足元に気をつけながら、どんどん先に。
一番奥にある空間では当時たくさんの住民と日本軍が暮らしていたそうです。6月25日の米軍からの投降命令を受け出てきた人数は、約600人。
しかしそこは狭くゴツゴツした空間です。証言をもとに書かれた当時の絵を見ると、まるで満員電車のようだったといいます。
途中からは日本軍にガマの出入りを禁じられ、ぎゅうぎゅうになりながらさらに息をひそめて暮らしていたのでしょうか。

完全に外からの光が入らないので、中は真っ暗。
持っていたヘッドライトを全部消すと、目を開けているのか閉じているのかが分からなくなる暗闇でした。

暗闇の中、ガイドのMさんが実際にこのガマで起きた話をしてくれました。
その一つがこのガマで生き延びた女性から聞いたお話。

その女性は、ぎゅうぎゅうのガマの中でおばあと小さい男の子の会話を聞いていました。
どうやらお腹が空いている坊やをおばあがなだめているよう。
我慢の限界が来た坊やは泣いてしまいます、すると日本兵が来て「黙らせろ」。
おばあは大事に取っておいた黒糖を坊やにあげますが、坊やはまたすぐにぐずりだしてしまいます。
再びやってきた日本兵、「黒糖またあげるから」とおばあが坊やに言った瞬間、黒糖は兵士にとりあげられました。
「それは僕の黒糖だ!返せ!返せ!」と怒って泣き叫ぶ坊やの声と同時に、「ズドン」と大きな音が鳴り響きます。
それきり、坊やの声は聞こえなくなったそうです。

その他にも、たくさんの悲しい証言があるそうです。
人間が人間として尊重しあえないような状況が、このガマで、沖縄で、もちろん日本の各地で起きていた、その事実をひしひしと感じました。

こうして、息をするのを忘れるぐらいの、ヘビーな1日目を終えました。

2日目は、ガイドMさんの同行はなしで、結グループだけで見学しました。

嘉数展望台

展望台を登ると、普天間基地の飛行場が見えます。
ちょうど一台のオスプレイが飛び立ち、街の上を一定時間旋回しどこかに消えていきました。
近くであんなに大きな航空機が飛んでいるのは、やはり沖縄だからか。

近くの小学校の校庭には、コンクリートで作られたシェルターがあるそうです。
2017年の米軍ヘリの窓が落ちてきた事に対する対策です。『(米軍機の)音を聞いて、止まって、目視、怖いと思ったら逃げましょう』と小学校で教えられているようです。

辺野古漁港

穏やかな町中にある漁港、たくさんの船が岸に並んでいました。
人影もなく、あおい海で素敵なロケーションですが、砂浜の左側はフェンスで区切られています。
2年前来たときは、遠くにはほとんど何も見えなかったのですが、今回はテトラポットが何段にも積み上げられているのが目視で見えました。
ちょうどコロナの感染者が増えてきていたタイミングでもあったので、ゲート前の座り込みは中止。
それでも埋め立て工事は進み、業者は土砂を搬入しています。
被災地でもですが、不要不急ってなんだろうか、と思ってしまいます。

多幸の山学校

高江村のヘリパッド建設問題の当事者からお話を聞く機会をいただきました。
村への米軍基地の敷地内にヘリパッド建設が決定し、対して近隣住民が反対。
反対していた住民の方たちが工事の妨害をしたと国から訴えられる、という事態にも発展しました。
お話をしてくれた彼だけでなく、抗議の現場にはいなかった小学生の娘さんまで告訴の対象となってしまったそうです。
県民同士の温度差、地元住民の中の考えの違い、さまざまなバッシングや非難。
活動すること事態に疲れてしまって、最近は少しそうした動きから離れていたんだ、とポツリポツリと心境をお話くださる姿が、とても小さく見えました。
未だ現在進行系で進む課題と、それに向き合い続けて消耗してしまった姿なのかと感じました。

現在にまで続いている課題を知って、その当事者の声を聞いて、ウチナンチュの意見を聞いて。
最後はお話ししてくれた彼が即興の歌を、みんなでそこら辺にあるもので音を奏で、楽しいセッションで研修が終了しました。

スライドショーには JavaScript が必要です。

この2日間の参加者の感想

・知ってはいたが詳しくは知らないことだった。避けていたのかも。
・沖縄ものことも、住んでいる長崎の原爆の話も、継いでいく事の意義を感じた。
・ひめゆりでの生々しい証言の大切さと、証言者の勇気によって伝えられていることを感じた。
・無謀な戦争をやっていたという衝撃がいまだにある。
・研修後、沖縄に関する報道を聞いても以前とは感じることが違った。
・ガマでは、自分の中で―セーブしなければ苦しくなるほどだった。
・中学生の時以来の沖縄平和学習で、大人になって感じるものは多かった。
・きつかった。こんなに悲惨なことが起きたにも関わらず、今も世界で戦争が起きていることに悲しい気持ち。
・アメリカの基地問題において、沖縄人対沖縄人の構図になっているのがつらい。
・なぜきれいな海を埋め立てる?なぜ激戦地の土を使う?倫理的にあり得ないような内容。どこか他人事のように決められたのではとも思う。
・日常的に戦闘機が飛び交うことや、騒音を初めて肌で感じた。
・辺野古の静けさと着々と進む異様さ。
・日常になっているかもしれない沖縄の若い人たちはどう考えているのだろう。日常になり、関心や実感がなくなると、また繰り返されてしまうのではないかと。
・「怒りは疲れる」が印象的な言葉。楽しさとともに伝えていくことの大切さと難しさを感じた。
・歌いながら楽しむかたちで沖縄の人たちと関わる時間もすごくよかった。
・何をどうしていいのだろう。山ほど知って、感じてだけれども、どうしたらいいのだろう

今回は初めての試みでもあったので、広く募集もせずに試験的な少数人数での開催としました。
感想にもありますが、今まで知る機会がなかったような課題にも触れるチャンスになったと感じています。
日本の一部である沖縄、今後もたくさんの人に 知ってもらい、考えてもらいたいです。
被災地の課題もそうですが、やはり現地で直接見て感じて触れて、何が課題かを自分で考えることが一番。
コロナウイルスにまつわる状況など、もっといろいろなことが落ち着いたら、スタディーツアーのような形で、みなさんと考えたいなとも思っています。

また沖縄研修レポートについて今回はまとめたものを掲載しておりますが、
詳しい全文は下記より、興味ある方は是非ご覧ください。
沖縄研修レポート全文

045月/21

人吉・長野の現状と課題【4月レポート】

人吉市

4月23日に熊本県独自のコロナ警戒レベルが5となり、人吉市では復興VCの活動が中止になりました。
現在、復興VCとしのニーズは20件近くありますが、住民との距離を大切にしながら少人数でも出来る範囲で活動しています。

コミュニティ支援

継続的にサポートに入っている大柿地区。
3月に仮復旧した公民館の2部屋をつかって地域の役員会議をひらき、今後の大柿地区について話し合いました。


また、公民館の周りに咲いていた「藤の花」を見ながらお茶会も開催。
発災後、集まる場所もなくバラバラになった地域の方々が久しぶりに顔を合わせて談笑することができました。
今後は2か月に1回こうして集まることに。


地域の方々、地元の支援者が今後も関わり、活動を続けていけるように、最初のきっかけを作るのも私たちの役割だと思います。

作業連携会議

毎週木曜日に行っている「連携会議」
今月は人吉市のコミュニティ課、農業振興課の担当者にも参加いただき、行政、社協、NPOの連携が強くなってきたように感じました。
Nニーズ(天井・壁・床剥ぎ・重機案件など)も少なくなってきたため、復興VCが抱えているニーズにも時折対応しています。

朝倉市・日田市・宇和島市訪問

物資やタイヤの交換など活動の中で、どうしても足を運ばないといけない事もあり、以前活動していた地域に訪れ、現在の様子などを見たり、聞かせてもらいました。
支援で関わった地域には、色々な都合をつけて定期的に訪れる事で、今後の被災地での支援活動に大きな力につながっています。

何より、災害支援で出会ったきっかけを大切しています。

長野市

 

4月の頭にとても気温が下がって、冷害が現れているようです。
一度蕾が開いてから、また気温が下がって霜が降りると、花がだめになってしまうらしく、今年はその影響を大きく受けているのだとか。
確かに昨年は桜のようにりんご畑が真っ白でしたが、どうも今年は枝桜のようにまばらでした。

2019年は水害で収穫できず、2020年は夏の猛暑と前年の水害の影響で一等品が少なくなってしまいました。2021年の収穫は、どうなるでしょうか。
農作物だから当たり前だし、長野のりんごだけの話ではないはずですが、本当に毎年自然の影響、気候変動の影響を受けています。

被災の影響はいろいろなところに。

土地を離れた人の耕作放棄地や、更地の雑草問題など、時間が経つごとに形をかえていきます。
特に、長沼地区はりんご農家が多い地域なので、農地にまつわる課題が多いです。
そうした課題に対応するために、この4月に長沼ワークライフ組合がスタートしました。

いつまでも、なんでもかんでもボランティアにお願いする訳にはいかないけれど、でも被災の影響で手が足りないところ、そもそもの担い手不足解消などが結成する経緯にもなったようです。

みんなの困りごとをみんなで解決していく、地元のちからを大きくしていく流れを見守りたいと思っています。

豊野地区のサロンも、支所に移動して常設に。地元の方たちが順番で常駐して、地域の方とお話できる空間が継続しています。
ちょっと顔を出してお話をしたら、新築が終わったから引っ越しで忙しいという話や、豊野でも生活再建が進んでいる話題が聞こえました。
ただ、今後できる災害公営住宅への不安もあるようす。

今まで豊野地区にあった市営住宅は2階まで被災したために全部解体されました。こうした賃貸物件に入っていた人たちの中には、災害公営住宅に入る予定をしている方もいらっしゃいます。ただ、築年数経っていた過去の市営住宅やアパートと、新しく建設される災害公営住宅では、家賃が大きく違う場合も多いようです。(入居から数年は補助で安くなりますが、その後は全額自費に切り替わります)

自宅に小さいお家を建てる方がいいのでは?コンテナハウスやトレーラーハウスを自宅の敷地に置くだけの方が負担が少ないか?などなど、
自宅再建の計画で迷っている方は少なくないかもしれません。

もう過去の被災地と捉えられることも多いかもしれません。しかし、長野のみなさん(もちろん他の地域で別のタイミングで被災された方も)は、未だに日々の生活から悩んで今後の生活について悩んで、毎日を過ごされているんだなと感じました。

継続的に関わり、長期的な課題を知り、細く長く寄り添えるって大事です。

 

沖縄研修のレポートについては、後ほど掲載します。

 

054月/21

人吉・長野の現状と課題【3月レポート】

人吉市の3月後半には桜が満開でしたが、長野に移動してみたらまだ開花前。季節の違いを感じました。

しかし、どちらの地域でもこんなに桜が早いなんて…という反応。
長野では、季節が二週間早い。(季節に合わせるから)りんごの作業が間に合わない、と忙しそうに農家さんがされていました。
この調子なら梅雨も早く来るんじゃないのか、と不安そうな声も聞こえます。

やっぱり、ちゃんと環境のことをやっていかなきゃいけないなとも思ったやりとりでした。

 

人吉市

年度末の駆け込み需要

1月から2月にかけては、新しいニーズの相談があまり多くはありませんでしたが、3月に入ってからは少しずつ増えていきました。
原因は、年度末。

3月31日をもって公費解体の申請期限がくること
3月31日で行政からの家財や土砂の回収車が来なくなること
の2つが影響しているようでした。

公費解体の申請をしたので、2階にある荷物を搬出してほしいという依頼が多い気がします。
廃棄物の集積所も閉まってしまうのでは?という心配をされていた方もいましたが、4月以降の運び込みをすれば受け入れてもらえます。

公費解体については、まだ決められないという声も少なくありません。

今年の梅雨がどうなるのかを気にされている方も多いので、公費解体の申請期限が伸びれば、とも思っていましたが申請は締め切りとなったようです。
まだ悩んでいるという話があれば、まずは申請しておきましょうとお声掛けしていました。

 

コミュニティ支援

解体か修繕か、この先をどうするのかを迷っているのは、公民館など地域の施設も一緒です。
応急復旧したうちの一つの公民館が、解体するかもしれないという話が最近になってありました。

その地区に住む人たちの動き、自治会役員の考え、近隣自治会との関係、自治会独自の予算や体力。

本当にいろいろな要素が絡み合って、揺れて悩んで迷って、決めかねている様子を断片的に聞いています。
個人の持ち物でない分、決断が難しいんでしょう。

 

逆に、とりあえず応急復旧に動き出した地区もあります。
大きな被害を受けて集団移転の可能性もある地区。公民館も公費解体するのかもしれないという話があるなかでした。

地区の方と社協さんとコミュニティ支援をしているPBVと一緒に、何度か話をして、今後の方向性を決めました。

応急復旧として、二部屋の仮復旧。床を貼って、リサイクルの畳や企業さんからいただいたタイルカーペットを敷きました。これで集まりなどには使えそうです。
今後、この場を使って地域がどう動いていくのか、もう少し見守りたいなと思っています。

 

ボラセン運営サポート

3月も継続して、運営のサポートをしてきました。サポートといっても、運営体制の基盤づくりについてはPBVがしっかり手取り足取り進めていてくれました。そのため、結としてはボラセンでは活動が難しいケース(NPOニーズ)の受付やそれにまつわる相談役としています。

 

 

NPOの連携会議

3月も継続して、人吉市で活動する支援団体たちと連携会議でニーズのやり取りなどをしています。

 

人手が必要だけど、ボラセンでは対応外の漂流物回収ニーズなど、対応が難しいニーズが残ってきている印象もありますが

熊本YMCAさんなどの団体で来てくれるタイミングで、め組や友救の会、九州看護福祉大学などにも協力してもらい、一つずつ完了させていっています。

▼Nニーズ (4月1日時点) 完了89件 継続9件 未実施3件

 

 

長野

 

年をまたいで数カ月ぶりに戻ると、公費解体が進んでいました。いつもの交差点の先の角まで見えるようになっていたり
あの建物なんだ?と思ったら間の家屋がなくなって見えた公園の一部だったり。


地元で毎日生活されている方たちも、ここどこだ?と分からなくなる瞬間があるそうです。それくらい、本当にびっくりするくらい建物がなくなって更地が増えて、

もちろん新しい建物もたくさん増えました。それでもまだ家屋の修繕中の家が目立ちます。

 

 

ぬくぬく亭移転

台風19号の被害を受けて、豊野町では常設型サロンが地域の組織によって運営されていました。昨年3月末に豊野支所に引っ越しをして、それから一年。
この4月からはプレハブを卒業して、支所の中にスペースが設けられることになりました。
引っ越しに伴って、2020年頭に設置した軒を撤去。

最初は軒だけだったけど、すのこで廊下を作って靴箱も作って、だんだん増えて言った外回り。もちろん木材はすべて廃材を使いました。

ずっとではないですが、断続的にでも長野に関わり続けていられているので、こうして設置から移転・撤去まですることができました。

ただの撤去ではあるのですが、支援しっぱなしではなく、ちゃんと片付けるという視点も大事だなと思っています。
今後もときどき、ぬくぬく亭に顔を出していく予定です。

 

かりぐらしスタートプロジェクト

コロナ禍で生活に困っている方へ、住居付きの就労支援事業です。
長野県社協さんと協働し、現在入居者3名で進行中です。
長野スタッフが定期的にフォローをしながら、入居している方も農家バイトを進めてくれています。

春を過ぎると、リンゴ農家の忙しくなっていきます。紹介できる先が増えるのもあるので、もう少し入居者が増えればなぁとも思います。
ご興味がある方はぜひお問い合わせください。

 

ふらっと農園

3月末に、次のシーズンのじゃがいもを植えました。
ありがたいことに、継続して長野のスタッフや支援者・地域のみなさんがご協力くださるので、継続してできています。

またもう少ししたら今度はサツマイモを保育園生と一緒に植えたいなとも思っていますが、どうなるでしょうか。

畑には、かりぐらしの入居者さんにも一度ご協力いただきました。バイトだけでなくいろいろな面で、地域との関わりが生まれたらいいなと思っています。

かりぐらしのフィールドからは少し離れていますが、コミュニティの場としての畑を、今後も活用していきたいところです。

 

長野ベースの片付け


豊野町にある被災したおうちを継続して使わせていただいています。しかし、このおうちも公費解体の申請が完了したようで、そろそろ退去の準備が必要です。
滋賀の拠点整備を進めながら、長野の片付けも進めています。

 

 

 

伝える活動

今月も、各地からお声掛けいただき講演会や研修会でお話しました。

▼復旧と復興の違い

奈良県社会福祉協議会
栗東市社会福祉協議会
人吉市社会福祉協議会
久留米災害支援ネットワークくるめハッシュ
ポポロハスマーケット(和歌山市)
014月/21

4月のご挨拶

2020年度は、災害支援現場でも新型コロナウイルスを抜きには語れない一年になりました。コロナとの共存方法を考え、被災地でのボランティア活動と感染予防とのバランスを取るという難しい問題と向きあいました。

災害NGO結としては、当初の表明通り「2020年度は要請に応じた活動を基本」にしました。

7月に発生した豪雨に対しても、大分県日田市からの要請を元に現地へ。
災害VCの運営支援や現地のNPO法人リエラの活動拠点の運営を支援しました。
並行して、支援要請を受けた福岡県久留米市へ。災害VCの運営支援と現地住民に向けた自宅再建の講習会を実施しました。この講習会は他の社協さんからも要請があり、福岡県大牟田市と熊本県荒尾市でも実施しました。
熊本県人吉市からの要請があったのは、10月の後半。災害VCの運営体制のサポートとして状況の整理をしました。
災害VCでは対応が難しいニーズについても、他団体との連絡役を引き受け、結としても現場チームを作ってニーズ対応を進めました。
各地での活動の詳細は、また別途2020年度活動報告で

この一年の緊急支援活動では、時期に差はあっても、現地の要請に基づいて活動することができました。
現地の要請ベースで動けたことで、不要な混乱をうまずにすみました。
これも、九州を中心とした支援者のネットワークによるものだと感じています。今までの被災地でたくさんの方と協働した結果でもあると考えます。


そしてもちろん、(今回だけに限らず)現地で一緒に汗を流してくれる仲間、遠くや近くから支えてくれる支援者のみなさまのおかげでもあります。
強力で多様な応援に、感謝を申し上げます。

またこうした緊急支援に加えて、2019年度からのご縁が一つの事業につながっています。
長野市でのコロナ対策事業、かりぐらしスタートプロジェクトです。
長野県社協が実施し、コロナウイルスによる影響を受けた人を、長野市で受け入れています。

そしてこの事業への協力は、災害NGO結としては新しい一歩だと考えています。
というのも、被災地ではあるけれど、自然災害の緊急支援ではない事業です。
(もちろんコロナ=災害という考え方もありますが)

 

東日本大震災からの10年は、前原土武が被災地に居続けた10年でした。

右も左も分からないまま、一人の人間が走り続け、できるだけのことを重ねてきたつもりです。たくさんの仲間に恵まれ、少しずつ団体らしくもなってきました。

10年間被災地に関わり感じていたのは、「災害支援は後手だ」ということ。

以前からも発信しているように、災害が起きると被災前から存在した課題が肥大化します。
例えば、地方の被災地では復旧復興の担い手が不足します。これは、そもそも地域が高齢化や過疎化し現役世代が居ない状態であったことも関係しています。

集団生活になじみにくい人は、避難所にはいません。
高齢者や子どもや障がい者、いわゆるマイノリティーは、避難所以外の場所で避難していることも多い。

支援を必要とする人との連携が不十分だと、災害後の居場所が分からず、支援を届けられないということもあります。
こうしたマイノリティーや支援を必要とする人は、他人に迷惑をかけないようにと静かに困りごとを抱えています。
なんでもっと早くSOSを出さなかったの?と思うようなケースに出会うことも。

災害直後に起きる問題の多くは、災害前から原因があるものです。
災害でその課題が見えやすくなるだけで、緊急支援では根本的な解決はできないと感じています。

気候変動によって災害が増えているが、これは自然環境の問題。毎日の私たちの生活でできることは何か

高齢化、過疎化、核家族化で地域のつながりや助け合いが弱くなっている。何かあった時に助け合えるようなコミュニティを作るにはどうしたらいいのか。

山が崩れやすいのは、日本の森林環境が影響しているのでは。森の生態系や林業を知って、災害に強い山をつくるには。

子ども、障がい者、外国人、日常生活で支援が必要な人は、災害が起きたらどんな支援が必要になるのか。

こうした、社会にあるいろいろな問題に災害前から関わり、知っていることで、被害の拡大防止にもつながるのではと考えています。

今年からは、災害以外の社会課題にも積極的に関わり、学びながら発信していく予定です。
今までは災害というテーマからのアプローチでしたが、今後は災害を切り口にした関わりが増やせたらと思っています。

ちょっと活動内容が幅広くなったり、テイストが違う関わりも始まるかもしれませんが、
活動の根幹の、被災地のためにという想いは変わりません。

2021年度も、災害NGO結の活動にご理解とご協力をいただければ嬉しいです。

033月/21

人吉の現状と課題【2月レポート】

暖かい日も増え、九州の2月では活動の合間に半そで姿も見られるように。
熊本県独自の緊急事態宣言も解除され、支援活動も少しずつ動き始めました。

現地ではより一層の感染症対策をしながら、支援団体などと連携してできる範囲で活動しています。

災害VCの運営支援

2月の頭から災害ボランティアセンター(災害VC)再開に向けて、平日はニーズの調整や資機材の整理、テント設置など、必要な準備を続けていました。

熊本県独自の緊急事態宣言が解除になり、2月20日より土日の一般ボランティア受け入れが再開。4月以降も地元の力で継続的な運営ができるように、コーディネートなど直接するのではなく、少し距離を取りつつサポートしているつもりです。

3月も引き続き災害VCの運営支援をしています。

 ボランティアセンター依頼総数:1104件
 完了:712件
 キャンセル:369件
 継続:15件
 未実施:8件

残ニーズの内訳
家財出し・搬出:9件
床下清掃(泥出し・ブラッシング):3件
荷物の移動:1件
その他:10件
(2月25日時点)
連携団体:PBV(ピースボート災害支援センター)*クラファン挑戦中!

 

コミュニティ支援

2021年から本格的に、被災した集会場の仮復旧をスタートしています。

実は、単に被災した地域の集会所や公民館を仮復旧すれば良いという簡単な話ではありません。被災によって地区の住民が少なくなり、自治会として役員になる人がいなかったり、財源確保が難しかったり。
その中で建物の本復旧をどうするのかを考えていかねばなりません。行政からの補助制度を使っても自己負担金が発生します。
その中で再建をどうすのか、迷っている自治会長さんもおられます。地区の事情はそれぞれなので、6ヵ所の集会所や公民館で相談をしながら進めています。
壁床剥がしやブラッシング、仮床貼りなどをしていますが、今後も地域ごとの事情に添い、活動内容を検討しつつ、対応しています。

連携団体
石狩思いやりの心届け隊DRT-JAPA nagasakiPBV(ピースボート災害支援センター)・め組JAPAN熊本YMCAアーキュレスキュー人吉球磨

 

連携会議

1月から、人吉市内で作業を担う支援団体と災害VCで毎週木曜日に連携会議を開催しています。
支援団体同士の関係性ができたことで、実際の活動の割り振りも相談する体制ができました。災害VCでは対応できない案件(天井&床&壁剥がし・農地被害・コミュニティ支援・重機案件等)を整理し、NPOニーズ(Nニーズ)と分けて、連携団体と共有し対応を進めています。定期的に直接あって話ができる基盤によって、資機材の貸し借り、活動で出た廃棄物の回収など細かな協力ができるようになりました。
それぞれのかゆい所に手が届くため、活動の幅が広がって効率の良い動きが可能に。

さらに、作業の進め方や機材の情報交換など、技術的な探求やスキル向上の情報共有もできています。

Nニーズ依頼総数:92件
 完了:69件
 継続:12件
 未実施:11件

残ニーズの内訳
 壁・床剥がし:6件
 ブラッシング:1件
 公民館:3件
 農地:2件
 重機:4件
 家財回収:4件
 その他:3件
連携団体
PBV(ピースボート災害支援センター)くまもと友救の会め組JAPAN熊本支援チームOPEN JAPAN

 

サロンの情報共有会議

コロナ禍で復旧が進む被災地。建設型仮設住宅やみなし仮設(借り上げ型)、従来の自宅など、避難先はそれぞれです。
生活環境が大きく変わり、不安な気持ちを抱えながらも、誰にも相談できないという声が多く聞こえています。普段であれば、お茶会や炊き出し・復興イベントなどが、バラバラになった住民が再開機会になりますが、緊急事態宣言下では実施できない状況でした。
ただ、そうした声に答えてサロン開催などをしたいと考えている支援団体も複数あります。

緊急事態宣言が解除されて間もなく、人吉市支え合いセンターの呼びかけでいくつかの団体が集まり、意見交換をする機会が設けられたのでお手伝いをしました。
これまでの活動報告を始めとし、現在気になっていること、できること、今後の方向性をお互いに話し合いました。18日には緊急事態宣言も解除となり、仮設住宅でのオープンサロンも再開。
日中の気温も上がるので、人の動きが活発になったり、野外サロンができたり、こうした動きが増えていきそうです。
今後は支え合いセンターを中心に、こうしたソフト面の支援も連携が進めばと考えます。ちなみに、人吉の人々の心の動きについての課題は他にもあります。
どうやら、人吉の春は雨が多いそうです。
雨が引き起こした災害です。激しい雨が降ると、それだけで被災した方々の精神的な不安につながります。
それだけでなく「本当にこの地に住み続けるのか」という再建に向けての悩みなど、目に見えない問題もさらに増えていくことが想像されます。
引き続き関係する団体と情報共有し、被災した方の心に寄り添い、対応していく必要性があると考えています。

 

農地支援

人吉市の農業振興課と相談しながら、農地に流れ込んだ漂流物の撤去や、土砂で埋まってしまったビニールマルチはがし、被災したビニールハウスの撤去等をサポートしています。

状況に合わせて重機チームにお願いしたり、協力してくれる団体を調整したりし、少しでも農家の方が再建できるように活動しています。農道に流れ着いた漂流物を撤去しという、直接の依頼者がいない地域ニーズもありました。学生が漂流物を拾う姿やスッキリした農道を見て、お散歩する近くの住民の方々にも喜んでくれていました。少しでも被災した光景から、本来の姿へと戻すためのお手伝いができました。

連携団体
OPEN JAPAN熊本YMCA・ダイナム・DRT-JAPAN nagasakiダッシュ隊徳島石狩思いやりの心届け隊borderless fire

福島沖地震の情報収集

2月13日23時07分に福島県沖を震源に、福島県・宮城県で最大震度6強を観測する地震が発生しました。JVOADや震災がつなぐネットワークに加え、普段から連携している支援仲間と連絡を取り、情報収集をしました。今後の支援の方向性など、zoomなどオンラインで現状の確認や情報共有をしました。

現時点でのそうした情報共有などを踏まえて、現地入りは見送っています。

これは、現地からの報告による被害状況や、コロナ禍で九州から遠く東北へ走る必要があるのかなどを色々と考えた結果です。
また人吉市での継続している現場活動や、人吉で中長期的に支援が続いていく基盤作りなど、まだ人吉でやるべきことがあると考えたからでもあります。

今は災害NGO結として現地入りするより、関わっている人吉市でできることをする方が優先だと考えました。
今後の対応については、現地にいる支援団体と情報共有しながら、考えていきます。

082月/21

長野レポート【1月】

長野 かりぐらしスタートプロジェクト

長野県社会福祉協議会が行う住居支援付き緊急就労支援事業の運営に携わり、昨年から準備を進めています。
コロナ禍で困っている方や不安を抱えている方に向けて、長野で“かりぐらし”を体験できるようにシェアハウスを用意しました。

シェアハウスの家具や家電は、長野の被災地のつながりで、有志の方々よりお譲りいただいたものがほとんどです。


NHKのニュースでも取り上げていただくなどして、お問い合わせをいただいたり、実際にお試しに来られた方もいらっしゃいました。


今後、支援を必要としている方にスムーズにご利用いただけるよう、引き続き住居環境づくりを行うとともに、就労先とのつながりを作るなどサポート体制を構築していきたいと思います。
長野で“かりぐらし”をしたい方、募集中ですので、是非ご紹介をお願いします。

 

 

 

長野 台風19号被災地の今

昨年10月に被災から一年を迎え、少しずつ復興に進んでいる長野市長沼地区、豊野地区。
被災したりんご農家さんでは、りんごの収穫も無事に終わり、ボランティアに参加していた方々が様子を見に訪れたり、インターネットでりんごを購入するなど、今でもいろいろな形での交流が続いているようです。
活動拠点の近所では、自宅の改修が終わった方、現在工事中の方、これから自宅を解体する方など、様々いらっしゃいます。そんななかで、各団体の支援体制も変化しつつあります。


これまで豊野地域のボランティア活動や訪問活動を通じて、被災者に寄り添ってきた“まちの縁側ぬくぬく亭”は、本年度で組織が変わり、社会福祉協議会や住民自治協議会に機能が引き継がれる予定です。

また、被災地域の復興をサポートしてきた千曲川広域支援サテライトも本年度で終了する予定です。


徐々にフェーズが変わるなかではありますが、今後も地域に携わり、復興のサポートをしていければと思います。

052月/21

人吉の現状と課題【1月レポート】

寒波の影響もあり、九州でも寒さが厳しかった1月。公費解体が始まり、空地も目にするようになりました。

【災害VC運営支援】

1月14日に熊本県独自の緊急事態宣言が発令され、人吉市災害ボランティアセンターの活動も中止になりました。そのような中、PBV(ピースボート災害支援センター)のメンバーと連携し、ニーズの整理や資機材の片付け、緊急的な案件の対応を行いました。

ニーズの整理にも取りかかりました。
一般のボランティアでは対応が難し案件、災害VCでは対応外(庭や倉庫など)の案件も多かったため、一般ボランティアの案件とNPOが対応する案件(Nニーズ)に分けて整理するよう提案し、運用しています。

 

【コミュニティ支援】

被災者のくらしの再建と同時に、地域の再生も重要な支援です。コミュニティの維持や再構築のために、集会所の仮復旧作業を始めています。
地域コミュニティが再生されることで、被災者、特に在宅避難者の情報収集の機会となり、広い意味で被災者のくらしの再建に大きくつながると感じています。

1月に入ってから、地域の集会所やコミュニティスペースに、壁や床をはって使えるようにしています。
現在人吉市内7カ所の仮復旧について相談をしています。そのうち、一つは完成しました。
他の案件に関しても、同じく集会所に対して支援をしているPBVやアーキレスキューなどと、連携を取りながら進めます。

もちろん社会福祉協議会、市の地域コミュニティ課など、さまざまな関係団体とも情報共有しながら、多面的にサポートしていきます。

 

【生活再建支援】

「二階で生活していて寒い空気が上がって来る」「床が寒くてどうしようもない」など、窓が無かったり、断熱材が入っていなかったりと寒さの厳しい中で生活している在宅避難者が多くいます。
支援物資で預かっているマットやプチプチなどを使用して、寒さ対策を行っています。

また、仮設住宅を訪問している支えあいセンターから「入り口や台所に手すりを付けて欲しい」「段ボールをテーブルにして食事をしている家庭がある」と相談があり、手すりを設置したり、物資支援を行っている団体からテーブルを預かりお渡ししました。

 

【NPOのネットワーク構築】

組織の連携を強め、息の長い活動に対応できるよう、家屋系支援・農地支援・コミュニティ支援のジャンルごとに行う連携会議を提案し始めています。

例えば、家屋に関する案件に対応するメンバー(友救の会め組支援チームPBVOPEN JAPAN、災害NGO結)で、毎週木曜日に災害VCで顔を合わせて集まり、活動の進捗の確認や新規ニーズの調整を行っています。


車両や資機材のシェアをすることで、お互いのできる活動の幅が広がり、災害廃棄物の回収などがスムーズになります。

 

【農地支援】

以前から農業振興課と連絡を取りながら、被災した農地の現地調査、農地に流れ込んだ流木の撤去、重機案件の調整などを行ってきました。

1月に入り、KVOADの呼びかけに答えて、熊本YMCAの学生が参加してくれました。
農地ボランティアの受け入れ調整を行い、今回は学生のマンパワーということで、マルチビニールの回収のお手伝いを一日してもらいました。
重機案件などまだまだニーズがあるので、今後も調整・対応する予定です。

 

【中間支援団体(JVOADとKVOAD)との連携】

人吉の現地にいるからこそ見えてきた課題や情報を、少し離れた熊本市内のKVOADや東京のJVOADと定期的なミーティングで共有しています。

復旧が進む現地では、ボランティア作業に関することだけではなく、いろいろな課題が発生します。
公費解体や農地復旧、仮設住宅、集会場の復旧などさまざまな観点において、行政や外部企業、過去の被災地の事例など、外からの情報も必要になります。
今後も定期的にミーティングしながら、現地の情報を伝えるつもりでいます。

 

2月以降の予定

・研修会などの実施:地元人吉球磨の支援者の発掘
・YouTubeチャンネルの開設など:被災地の今を伝えるため、情報発信の強化
・企業・団体の受け入れ体制強化:ネットワーク構築により長期支援を可能に
・各団体の連携の強化(情報共有と役割の確認)
・災害VCの着地点や方向性の整理

 

3112月/20

人吉の現状と課題【12月レポート】

11月が、課題整理とボランティアセンターの運営サポートだったのに対して
12月は実働の1カ月でした。
11月のレポートはこちら
11月下旬から長野でも活動してくれていたメンバーなどが参加してくれたので、いくつのも現場に対応することができました。

ボランティアセンターでは対応できない技術ニーズを、他のNPOにつなぐと同時に結チームでも引き受けた形です。
主には、天井・壁・床剥がしや水回り設備の撤去、そして寒さ対策など。

人吉市は、過去の被災地と比べても「在宅避難者」が多いように思います。
被災した自宅の修繕をする傍ら、自宅の2階などで住み続ける場合のことです。
お風呂やキッチンが使えなかったり、壁や床を剥がしているので隙間風がすごかったり、とにかく不便な状態で生活されていることが多くあります。

先日、現地調査でお話したとあるおじさん
被害が大きな地区に自宅があり、2階も浸水。
この方は、避難所も行かず、仮設にも住みたくないと言う。
自分の家に住みたいと。
夜は2階で寝て、昼間は温かい車の中やスーパーにいたりします。
1階の床は剥がしてしまったので、トイレにいくには、格子状になった木材の上を歩いていくしかない。

「昨日の深夜は寒くて、足が痛かった」
「石油ストーブはどんどん石油を使ってしまうので怖くて使えない」

訪問した当初は、応急修理制度を申請していないのでは、という疑惑もあり心配していました。後で確認するとどうやら、申請自体はクリアして修理を待っているようです。

今の蓄えを考えると、いくら60万弱がチャラになるとしても、その先の支払いができないため、見積もりも取らず、申請もせず、じっと毎日を過ごしているのでは・・・とも勘ぐっていました。
杞憂に終わりよかったのですが。
ただ、その修理はいつになるのか?はまだ不明です。
制度を使ってどこまで修理ができるのかも。

この方は生活保護ではないけれど、もともと余白の小さな生活をされていたのかもしれません。
災害によってその余白が本当に小さくなってしまったと見てとれました。

 

とりあえずの応急処置として、2階の階段周りに布などで仕切りを付けて冷気が上がらないようにしました。
夜トイレまで行くときに床下へ落っこちないように、動線確保のためにベニヤ板の仮をはりました。

避難所からの引っ越しのお手伝いも、何件かさせていただきました。

そのうちの1件では、引っ越し先の市営住宅近くにはスーパーがないケースでした。買い物は娘さんが学校帰りに、ほそぼそとされているそうです。
支え合いセンターの方が、買い物サービスを案内していましたが、注文してから届くのに一週間の時差があります。
お若い世帯ですが、家主さんの体調に波があり、お子さんに頼っているような気がしました。この先の生活がどうなっていくのか、心配なケースの一つです。

他にも
衛生面があまり気にならないのか、お風呂が使えないままでドライシャンプーで済ませている兄弟。
住人が全員施設に入っているので、誰も片付けを進められないおうち。
被災したため、低所得者向けのアパートが取り壊しになってしまうので、引越し先を見つけなければいけない人たち。
空き家。

 

いろいろな方の事情を聞いていると、生活に余白が少なかったり、抱えている問題が大きすぎると感じることが多々あります。
本当にギリギリの人ほど、救済制度を活用できないような状況にあったりするのかもしれません。

健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を、守れているのだろうか・・・

こうしたケースに出会うたびに、人吉ってもう大丈夫なんでしょ、とはどう考えても言えなくなる。

実は、人吉に支援に入った当初から、足腰の強い社会福祉協議会だなと感じていました。
被災地で災害ボランティアセンターを運営していくには、とても心強いことですが
逆に、地域の中で足腰が強くならざるをえない環境にあったのかもしれません。

もともと、福祉ニーズへの支援が必要とされていたのでは。
そして、今回の災害によってその福祉ニーズが大きくなると同時に、潜在的なニーズも現れたのではないでしょうか。

こうした課題を抱える方たちは、今後生活再建していくことができるのでしょうか。
仮設住宅はできたばっかりですが、二年はあっという間です。
今からそれぞれの自宅再建について多面的に支援できる体制を作っていく必要がありそうです。

この課題は、一朝一夕では解決できません。
当事者との関係性を作りながら、いろいろな支援制度やサービスにつなぐ。
公的なサポートが難しい部分を、いろいろな機関と連携して民間でサポートする。
まだまだ、いろいろな角度からのサポートが必要だと感じます。

 

地域支え合いセンター、災害ボランティアセンター、社協、行政、民間支援団体、自治会などの地域
1月からも、それぞれとの情報共有を促進しながら、必要なところに必要な支援をむすんでいく予定です。

11月のレポートはこちら

 

現地での活動を続けるための、ご支援を募集しています。
ご賛同いただける方はこちらから

【ゆうちょ銀行の口座をお持ちの方】
 ゆうちょ銀行 記号14760 番号06772101
 名称 サイガイエヌジーオー ユイ ユイ

【ゆうちょ銀行の口座以外からの方】
 ゆうちょ銀行   店名 四七八(読み ヨンナナハチ) 店番 478
 普通貯金 
 口座番号 0677210

どうぞよろしくお願いいたします。

2012月/20

長野県にて、コロナ対策事業【かりぐらしスタートプロジェクト】を始めました

春から、長野市でヒルトップ事業のお手伝いを始めています。

 

これは、昨年の台風19号被害とは直接関係ありませんが、過去にも書いたとおり住宅環境を整備して、災害時のシェルターやコロナ禍ですみかを失った人の支援と考えていました。
自分たちの勉強も兼ねて、内装整備のお手伝いなどで準備を進めていました。
その中で長野県社会福祉協議会さんから、新型コロナ対策事業のパートナーにというお話があり、現地でのコーディネートを担うことになりました。

 

【かりぐらしスタートプロジェクトについて】

住宅支援付き就労支援事業という名称ですが、硬いのでかりぐらしスタートプロジェクトと名前をつけています。
コロナ禍によって、今までの生活と価値観が変わりつつあります。オンラインミーティングの普及などで、都心部にいる重要性が下がってきたように思います。
同時に、非正規や不安定な雇用形態の人から、仕事や住まいを失ってしまう。

こうした動きは、新型コロナウイルスによってもたらされた、ある種の災害のようにも思います。そうした影響を受ける人を、どうにかサポートできないかと始めた事業です。

また長野市は、東京まで新幹線で2時間。
都心部とは言えないけれど、意外に各地へのアクセスが良い。中心部の繁華街と郊外の農業地帯が隣接していて、都会ぐらしから一歩外に出るには、ちょうどよいバランスでもあると思います。

ウインタースポーツのために冬に通う人もいたり、「長野」という土地への愛着がある人も少なくないはずです。
そんな良い条件の多い、ポテンシャルの高い土地だから、かりぐらしのスタートにもいいのでは、と考えています。

事業の中心は、長野市徳間に位置する団地の一角です。いくつかの部屋を活用しながら、新型コロナウイルスの影響によって住まいや仕事を奪われた人に、住まいを提供する予定です。そして長野市を中心とした北信エリアで、農家さんのお手伝いやバイトなどお仕事を紹介するコーディネートを担います。

長野市近郊では、りんごを筆頭に第一次産業が盛んです。有償で人手を求めているところがいくつもあります。そして、台風19号の被害を受けた長沼地区のりんご農家とは、緊急支援を通した関係性があります。その関係性を活用して復興支援も視野に入れながらの、職のコーディネートができないかという側面もあります。

もちろん、新型コロナウイルスの感染防止の必要があるため、該当者へのPCR検査など、予防面にも気を配りながら進めます。

 

【なぜ長野?】

なぜこの事業を長野でやるのか?と言われれば、間違いなく台風19号での関係があるからです。

農家さんと復旧作業を協働することにより、関係性が生まれたことや、復旧の延長線上でまだ人手を必要としているところがあります。
また、手が必要な先があるだけでなく、私たちを支えてくれる人たちもたくさんいるからでもあります。

お家を貸してくれる人、
畑を貸してくれる人、
りんごや漬物や差し入れをくれる人、
何か作業する時には手伝ってくれる人
りんごや畑について教えてくれる人

たくさんの人の支えがあるから、長野で継続的な活動ができるなと考えました。
そしてこの関係性ができたのは、あの目まぐるしい緊急支援の最中に、たくさんの人が、(結と関係ないところでも)長野に支援で関わったからだと思っています。

そうした意味でも、たくさんの人がつないだ関係性を、次に支援が必要な先へと結ぶ必要があるのでは、とも思います。

かりぐらしスタートプロジェクトは、2021年10月までを予定しています。
詳細や、お問い合わせはこちらから。
いろいろな形でご協力くださる方、かりぐらししてみたい方、募集中です。

お気軽にお問い合わせください。