能登半島緊急支援、現地で起きていること

この度の地震で犠牲になられた方へ心よりお悔やみ申し上げます。また、一日も早く行方不明の方が家族の元へ帰られるように、そして先の見えない避難生活を送られる方たちが、少しでも早く安心できるようにと願います。

元日に能登半島をおそった地震は、阪神淡路大震災の3倍近いエネルギーだったとも言われています。それだけ大きな被害が能登半島全体におよびました。

そのエネルギーによる被害もさることながら、今回の被害の特徴は、半島の先が揺れたこと。

半島という地形上、支援を届けるには一方から進んでいくしかありません。例えば、熊本地震の時のように四方八方から支援に乗り込むことができませんでした。

こうした地形上の制約は、支援を入れる最初の段階を難しくした大きな要因です。

また、地震が発生した時期が悪かった。

1月1日の日本の大半がお休みの日。
もちろん即座に行政が対応したのは言うまでもありませんが、最初に動いた公的支援は、この規模の災害から考えて圧倒的に少なかったのではと思います。
状況がつかめだした1月5日ぐらいになると、地方自治体から給水車や物資支援、職員派遣が増えはじめましたが、特に3が日までは、その土地にあるリソースだけで切り抜けていたケースが多かったのでは。

そもそも、上下水道・電気・ガス・通信の全てのインフラが止まってしまっていました。
電気はおおむね復旧してきているものの、上下水道に関してはまだ使えないところが多くあります。
ようやく復旧の見通しが具体的な数字で出るようになってきましたが、それでも少なくとも1ヶ月は先、春まで難しいという地域があります。

水が使えないという1点だけでも、避難生活の衛生環境悪化の原因になっています。

災害後すぐから、汚物であふれるトイレ。災害発生後10日後くらいから仮設トイレの設置が進んできたものの、まだ家のトイレは使えません。

既存の便器にビニールをかけて猫砂などを入れて対応続けている、という話も聞きました。

水が使えないとトイレを控える、だから水もとらなくなる。
料理も簡単な物だけになり、栄養価が大きく偏る。
風呂に入るのに14日ぶりという方もたくさんおられました。
みなさんの想像以上に、健康面への影響は大きいはずです。
地震の二次的な影響が心配です。

避難生活に必要な環境が整わない。これは、地震によって道路が壊滅的な被害を受けたことも要因です。

国道や県道などの主要な道路の多くがひび割れ、通れる道がない。

地震から一週間弱ぐらいは、自衛隊や県からのトラックも奥能登に入ってこれない状況がありました。
大きな車両が入れない。
だから水も食料も燃料もトイレも届かず、ボランティアや個人が小さな車で届けた物資がとても重宝された時期がありました。

交通網というインフラがやられてしまったのは大きい。それに加えて、土砂崩れなどで孤立が多発。

行方不明者捜索などの関係車両、医療系、電気工事車、給水車、通信車、自衛隊車両、、、

通れる道が限られる上に、こうした災害復旧従事車両が大量に入ってきたことで、普段10分の道に1時間かかるような渋滞が起こったりしています。
(3週間が過ぎて少しずつ改善されてきていますが、タイミングによっては大渋滞が発生しています)

渋滞と道路被害によって、行政からの支援物資が届きにくいこともありました。
地震直後はようやく届いたおにぎりが、届いた時には賞味期限切れになっていたことも。

そんな状況もあって、避難所にはお弁当が手配されていません。賞味期限に余裕のある、菓子パンや惣菜パンになっています。

毎日の食料のメインが菓子パン。もちろん、地震直後の食べるものがない時期は、パンがありがたかったのですが。しかし今は地震発生から3週間以上。

自炊ができないので、カップ麺などだけを食べている高齢者の方もまだたくさんいらっしゃる。

ようやく段ボールベッドが導入されはじめましたが、これまでは硬い床の上に薄い毛布を重ねただけで寝ている方もいらっしゃいました。
いまだ土足禁止にできないところもあります(衛生面から、本来は早めに土足禁止に切り替えたいところ)。

高齢化率50%をこえる市と町を含む奥能登地区。
避難所での高齢者の姿が圧倒的に多い気がします。

石川県などは、健康被害の拡大を防ぐためにも、1.5次避難や2次避難を活用して、ライフラインの整った地域での避難生活をすすめています。

しかし、1.5次避難所が福祉避難所化しています。
2次避難所(ホテルなど)で自立した生活ができない方がとどまっているため。DMATなど医療介護系スタッフが24時間巡回する必要があるエリアと、そうでないエリアが存在しています。
そうでないエリアでも、3軒に1つは車椅子か押し車があるくらいの状況です。

そもそも、被災エリアの福祉施設でも厳しい状況が続いています。

避難所に指定されていないため、物資が届きにくかったり、職員さんが出勤できずにスタッフの人手が足りないという課題も生まれています。
限られたスタッフで四六時中排せつ介助をされていたり、洗濯ができない衛生状態の悪い中で入居者さんの健康を維持しないといけない状況です。

 

入浴できない、洗濯できない、物資不足の中で、下着やシーツや衣類を使い捨てで対応していると聞きました。
そもそも平時から人手の余裕がない状態のところに、災害でかなりの負担がかかっています。

 

石川県珠洲市や能登町の高齢化率は50%超え。細かく区切ればはその平均よりも高い地域もあります。
今遠方へ避難している方も、避難所にいる方も、どうにか自宅で住んでいる方も、大半が高齢者です。

解体して新しく建てるのはもちろん、屋根を本格修理するには数百万円かかることもあります。今回被害を受けた家で再び住めるようにするのに、いったいいくらかけられるのか。はたして町の大半を占める高齢者にその出費が可能なのか。

さまざまな理由で、再建を諦める方も増えるでしょう。
そして、被害が大きかった地区や地域は、町をイチからつくりなおすくらいのことが必要です。

今回の地震は、一度落ち着いて復興までを考えた、広い視野で復旧を考えていかなければ進まない規模の災害です。

しかし、毎日の食事や生活環境の課題が大きすぎて、その対応で毎日が終わってしまっているように思います。

被災された方に最前線で対応している自治体職員や復旧の地元関係者も、ほぼ全てが被災者。
家族を金沢へ送り、自分は傾いた家から通っている職員さんもいらっしゃいます。復旧対応する方たち自身も疲弊している。

一つの市や町では対応できない規模です。もっと、県に、県がだめなら国にしっかりサポートしてほしい規模であると思います。もう少し大きな規模でサポート体制を見直してほしい。

 

1月1日に起きた地震。ここからまだ寒い時期が続きます。

2016年4月に起きた熊本地震は、直接死50名、関連死はその4倍の200名以上。持病の悪化や転院などによる影響もありますが、避難生活環境からのものもある。

今回もすでに関連死が報道されていますが、どれくらいの方が関連死となってしまうのか、現場のどのNPOも危機感を持っています。

低体温症、エコノミー症候群、自死、感染症、たくさんのリスクがある中で生活されている。もちろんたくさんの方の手で、少しずつ改善されていますが、圧倒的に足りていない。

地震から助かった命だからこそ、できるだけ守りたい。それは現場で動いている行政も民間も気持ちは一緒だと思っています。

しかし、どうにも改善できない避難生活の環境。
過去の被災地でできたような支援ができないような状況でもあります。
どの支援団体もある種の無力感を感じながら前線で活動しているはずです。

でも、NPOは救命はできませんが、命をつなぐための希望を届けられるはず。

助かったものを救い出して、一人じゃないよと食べ物や安心を届ける。
それだけしかできないけれど、少しは住民の方の支えになれると信じています。

阪神淡路大震災から29年。いったい、どれくらい被災地支援はアップデートできたのか、と疑問に思いながらも、できることを毎日少しずつ進めていきます。