All posts by ngoyui

174月/26

3月レポート

少しずつあたたかくなってきて、たまりばのストーブの稼働時間も減ってきました。
でも、煙が上がっていると顔を出してくれる方がいるので、目印って大切だなぁと感じます。

春の訪れで、山や畑の動きがあります。山菜の差し入れがあったり、畑の準備が始まったり。
みんなウキウキしている様子です。

春休みの大学生や新入社員の研修を兼ねた活動の受け入れもありました。
スーパーでパックに入った野菜や魚を見ることが普通になっている若者たちには、能登の自然と一緒の暮らしはなんでも新鮮なようです。
地震や水害からの直接の支援ではなくなりますが、一緒にヨモギを取って団子を作ったり、キノコの栽培準備をしたり、新鮮な海藻を食べたり。

外から来た人だからこそ気づける能登の良さがたくさんあります。
「なにもない」がある能登の魅力を、どう伝えていけばいいのか、今後の課題だと思っています。

みんなで作ったたこ焼きやチラシを持って訪問する機会もありました。
個別にお話を聞いていると、まだ廃棄物を捨てていなかったり、ちょっとしたサポートが必要だったりするケースもあります。

福祉ニーズの割合も高くなってきました。今後は、関係機関との連携がもっと重要になっていきそうです。

私たちが拠点を置いている輪島市町野町で、学校の閉校式がありました。
地震前、輪島市内に12あった市立小中学校は、2026年度から4校に集約されました。
地震後1年で児童生徒数が7割程度に減少した影響です。かつて町野町だけで小学校が5つ以上あり、映画館やパチンコ屋があってにぎわっていた時代と比べると、時の流れを痛感します。

地震で拍車がかかった地域の担い手減少をどうするのか、これからが問われています。

沖縄と滋賀でのネットワークづくりに参加しています。
それぞれ会議やフォーラムが実施されたので参加してきました。
4月から新年度、少しずつ復旧支援(能登)から平時からの備え(沖縄・滋賀)の活動を増やしていきたいなと考えています。
2019年以降、長年お世話になっている長野でも講演活動でお邪魔してきました。
当時被災した地域に新しく建った防災センターで、あの時最前線でがんばっておられた方たちとお話できたのは良い経験でした。

113月/26

15年の活動記録

災害種別
水害
地震
複合災害
その他
2011
東日本大震災
地震
📍 宮城県仙台市ほか
死者15,467人・行方不明7,482人。住宅全壊約10万棟・半壊約10万棟(内閣府)。最大震度7。戦後最大の自然災害。
災害VC運営支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
前原土武が仙台市から活動をスタート。仙台市のボランティアセンターでサテライトを作り、効率よくニーズ対応できるような仕組みづくりが必要と気づく。
被害・支援の特徴
複数市町村すべてで災害ボランティアセンターが立ち上がった。多くの支援団体がこの災害をきっかけに立ち上がった。
7月新潟・福島豪雨
水害
📍 福島県金山町
災害VC運営支援
紀伊半島大水害
水害
📍 和歌山県那智勝浦町
死者56人・行方不明者5人。全壊240棟・半壊1,753棟。(和歌山県)土砂崩れと河川氾濫が同時多発。
災害VC運営支援
2012
つくば竜巻災害
その他
📍 茨城県つくば市
死者1人・負傷者37人。住宅全壊71棟・半壊149棟(消防庁)。
災害VC運営支援
7月九州北部豪雨
水害
📍 熊本県阿蘇市
死者30人・行方不明者3人。全壊276棟・半壊2,306棟。(防災白書)阿蘇地域を中心に土砂崩れが多発。
災害VC運営支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
自己資金が尽きて、結として支援金募集を始める。災害後約2年をかけて、豪雨の記録集を作成、地元へ寄贈する。
2013
山口島根豪雨
水害
📍 山口県萩市
死者2人・行方不明者1人。家屋被害1,126棟(萩市)。河川氾濫で住家に被害。
災害VC運営支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
月に一度ボランティアセンター立ち上げに関わる。
島根西部豪雨
水害
📍 島根県浜田市
災害VC運営支援
台風18号
水害
📍 滋賀県高島市
災害VC運営支援
伊豆大島大水害
水害
📍 東京都大島町
死者36人・行方不明者3人。島の約1割が土石流に被災。住宅全壊137棟。
災害VC運営支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
離島の支援の難しさを実感。ボランティア希望者へ島で活動するための制約を提示する仕組みを提案(宿泊場所・移動手段の確保など)。
2014
山形県豪雨
水害
📍 山形県南陽市
災害VC運営支援
台風11号
水害
📍 徳島県那賀町
災害VC運営支援
広島土砂災害
水害
📍 広島市安佐南区・安佐北区
死者77人(関連死含む)。住宅全壊179棟。166箇所以上で土砂災害が発生。
災害VC運営支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
連携が強い地域での復旧作業の進みが早いことを目の当たりにする。地域の人と一緒にボラセンを立ち上げると、細やかな支援が可能になると体感した。
長野北部地震
地震
📍 長野県白馬村
死者0人。県内の住宅全壊81棟・半壊172棟。最大震度6弱。地域のつながりが生存を支えた「白馬の奇跡」。
災害VC運営支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
地震災害の対応の難しさを実感。NPOとの連携体制・役割分担を考えるきっかけに。雪との戦い:発災後すぐに降雪時期が始まり、翌年5月まで活動停止。
被害・支援の特徴
「白馬の奇跡」──地域でのつながりが強かったことで、安否確認や救助が迅速に行え直接の死者ゼロを実現。
2015
9月関東・東北豪雨
水害
📍 茨城県常総市
死者14人。鬼怒川堤防が200mにわたって決壊した。住宅全壊81棟・半壊7,045棟(全国合計、内閣府)。
災害VC運営支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
都市に近い被災地での受け入れ体制づくり(1日3,000人目標)を支援。廃棄物回収プロジェクトを実施。
被害・支援の特徴
9月21日に3,100人を受け入れ。限られた範囲に大きな被害が出て、全国の支援団体が集結しエリアを手分けして対応。支援団体が集結したことで、1軒の家に対して細やかな支援になった傾向。家屋の壁や床を撤去してカビ防止、もぐって床下の土砂撤去など、より高度な支援内容になっていった。
2016
熊本地震
地震
📍 熊本県西原村ほか
死者275人(関連死含む)。住宅全壊8,642棟・半壊34,389棟(熊本県)。最大震度7が2回観測された初の事例。
他団体調整情報支援生活環境改善
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
一人での対応の限界を迎えた災害。県域で複数市町村が大きく被災する状況に対応したのは初めてだった。
前震の情報を受けて常総市から走って熊本入りしたため、本震の震度7を益城町で体感。
過去に関わった阿蘇へ顔を出しつつ情報収集を始め、4月〜6月ごろまで、益城町、阿蘇、南阿蘇、大津町、熊本市、嘉島町など広域で情報収集。活動する支援者と火の国会議をつないだ。
夏頃から西原村でもやいハウスをつくり近くの住民の生活環境改善を実施。
被害・支援の特徴
情報共有会議の形式が確立。NPOによるブルーシート張り技術が急速に広まるきっかけに。JVOADが設立される。
2017
九州北部豪雨
水害
📍 福岡県朝倉市
死者40人・行方不明者2人。住宅全壊323棟・半壊1,100棟(内閣府)。大量の流木が市街地に流れ込んだ。
技術支援調整
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
重機ボランティアなどNPOの支援調整を実施。重機500台分の活動調整。行政との連携の重要性を確認。
被害・支援の特徴
20万トンの流木が発生。土砂と流木の撤去が鍵になった。農業ボランティアセンターが設置された初めての事例。
朝倉市全域における結の重機・人手活動件数(2017年7月〜11月)
朝倉市全域における結の重機・人手活動件数(2017年7月〜11月)
2018
大阪北部地震
地震
📍 茨木市・高槻市
死者6人。住宅全壊21棟・半壊454棟(内閣府)。最大震度6弱。ブロック塀の倒壊が社会問題に。
支援調整
▼  結の動きを見る
被害・支援の特徴
屋根の一部損壊などの被害が多く、都市型災害だったため被害件数が多かった。自衛隊との技術連携は難しかった。
西日本豪雨
水害
📍 岡山県倉敷市・広島県坂町・愛媛県宇和島市
死者237人・行方不明者8人(消防庁)。住宅全壊6,767棟。平成最悪の水害。
技術支援調整産業支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
倉敷:一人も返さないボラセンを作る(1日2,900人受け入れ)ためのエリアマッチング支援、局所的な重機対応調整。
坂町:重機で景色を変える。倉敷で活動が一段落した重機チームを調整。
宇和島市:産業支援。一番支援の手が入りにくい立地の宇和島市で、山間部の土砂崩れ対応。家屋復旧などの支援と並行して被災したみかん農家の支援を実施。
被害・支援の特徴
近年の水害被害では最大級。倉敷市では、2階まで浸水する家も多数発生。
📌
この年の動き 西日本豪雨は平成最大の水害。複数被災地を同時に支援するノウハウが蓄積された。
2019
8月豪雨
水害
📍 佐賀県大町町・武雄市
VC支援支援調整
▼  結の動きを見る
被害・支援の特徴
大町町では、工場から流出した油の撤去に自衛隊が派遣された。
台風15号(千葉)
その他
📍 千葉県
死者3人。住宅全壊391棟・半壊4,204棟・一部損壊72,279棟。大規模停電が長期間続いた。
支援体制整備
▼  結の動きを見る
被害・支援の特徴
NPOが屋根対応のノウハウを自衛隊にレクチャー。NPOと自衛隊の技術連携が初めて実現した。屋根被害に対応するため、自宅の屋根から転落して、3人が死亡、101人が重軽傷を負った。
台風19号(長野)
水害
📍 長野市
死者91人・行方不明者3人(全国)。長野市では千曲川堤防が決壊し長沼地区が浸水。住宅全壊3,273棟・半壊28,306棟。
技術支援NPO活動調整
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
長野市長沼地区の廃棄物問題について、災害廃棄物回収プロジェクトを提案。官民連携で廃棄物撤去→農業ボランティアの流れができた。
被害・支援の特徴
「ONE NAGANO」という先進的な官民連携事例として記録された。
2020
令和2年7月豪雨(大牟田・久留米)
複合災害
📍 福岡県大牟田市・久留米市
全国で死者84人・行方不明者2人。熊本・福岡・大分など広域が被災。コロナ禍のなかで発生した初の大規模水害。
災害VC運営支援技術支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
コロナ禍で県外からの支援は敬遠されるのではという懸念があったが、現地では「そんなこと言ってられない、助けてもらいたい」との声が大きかった。
令和2年7月豪雨(人吉)
複合災害
📍 熊本県人吉市
全国で死者84人・行方不明者2人。熊本・福岡・大分など広域が被災。コロナ禍のなかで発生した初の大規模水害。
災害VC運営支援技術支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
要請を受けて、発災後約3ヶ月後に活動開始。災害直後に外部支援が入らなかったことで、課題が複雑になっているケースがあった。
📌
この年の動き コロナ禍での災害対応という前例のない状況。感染対策と支援活動の両立が課題に。コロナ禍を受け、災害ボランティアセンターの事前登録制がスタンダード化。
2021
7月1日からの大雨
水害
📍 静岡県沼津市
局所的な浸水被害で、災害救助法適用外の規模。熱海市の土砂災害が大きく注目を集めた。
災害VC運営アドバイス
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
要請を受けて現地入りし、アドバイス中心の活動。災害救助法の適用外の被害規模だったため、公的な予算がつかないなど制限があった。
8月の大雨
水害
📍 佐賀県武雄市・大町町・嬉野市
全壊5棟・半壊1,168棟(佐賀県)。武雄市・大町町・嬉野市で被害。
技術支援
▼  結の動きを見る
被害・支援の特徴
2年で3回の被害を受けた地域。
2022
福島県沖地震
地震
📍 宮城県南相馬市
死者4人。最大震度6強。東日本大震災被災地を再び直撃。住宅全壊21棟・半壊125棟・一部損壊2,886棟。
NPO活動調整
8月豪雨
水害
📍 新潟県村上市
全壊8棟・半壊23棟・床上浸水889棟
NPO活動調整災害VC運営支援
台風15号(静岡)
水害
📍 静岡県各地
死者3人。全壊7棟・半壊/一部損壊3,704棟
NPO活動調整技術支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
県域の被害市町村を回って状況把握。技術支援が必要な場所に他団体を調整。
2023
台風2号(和歌山)
水害
📍 和歌山県海南市・紀美野町
線状降水帯が発生し河川氾濫・土砂災害が多発。
NPO活動調整VC運営支援
九州北部豪雨
水害
📍 福岡県久留米市
NPO活動調整技術支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
九州のネットワークづくりを念頭に起きつつ他団体と共同でベースを設置。九州拠点を活用。
2024
能登半島地震
地震
📍 石川県能登半島(七尾市ほか)
死者704人(関連死476人含む)・行方不明者2人。住宅全壊6,167棟・半壊18,723棟(2026年2月27日時点、石川県)。最大震度7。戦後最大規模の地震被害の一つ。
NPO活動調整支援拠点運営物資支援技術支援炊き出しサロン
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
七尾市に広域支援ベースを立ち上げ。能登半島の被害は大きく、オールニッポンで対応しているが、課題が大きすぎて復旧が追いつかない。
奥能登豪雨
複合災害
📍 石川県輪島市
地震から9ヶ月後に同じ被災地を直撃した異例の二重被害。仮設住宅も浸水。
技術支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
2重被害を受けた輪島市を中心に支援継続。
被害・支援の特徴
1年に2度の被災は過去に例がなく、入居後の仮設住宅も被災。地震と水害それぞれを合わせた罹災証明書の発行など、前例のない対応が求められた。
📌
この年の動き 能登半島地震は戦後最大規模。9ヶ月後に同じ地域が水害にも見舞われ、前例のない対応が求められた。
2025
能登(継続支援)
複合災害
📍 石川県輪島市
地震から2年目。解体・再建が進む一方、人口流出や産業復興など長期課題が山積。
技術支援コミュニティ支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
技術支援を続ける傍ら、人が集まる拠点「たまりば」を設置。
九州豪雨
水害
📍 熊本県美里町・甲佐町・八代市など
NPO活動調整技術支援
▼  結の動きを見る
結の動き・学び
能登対応と並行して対応。九州のネットワークを活用して役割分担。
113月/26

東日本大震災発生から15年にあたって

東日本大震災によって、犠牲となられたすべての方に、謹んでお悔やみを申し上げます。今も家族を待ち続けている方、ふるさとに戻れない方、今も続く苦しみの中にいる方々へ、心よりお見舞いを申し上げます。

善意の人海戦術から専門職へ

あの揺れから、たくさんの人の人生が変わりました。
被災された方だけでなく、支援者と呼ばれる私たちもです。
みんなが目の前の現実をどうにかしなくてはという使命感で走ってきた15年だったのではないでしょうか。

2004年の中越沖地震以降、全国の社会福祉協議会がボランティアセンターを設置する方針になりました。
その仕組み化に向けて全国の社協が研修を重ねたことで、2011年には被災した市町村それぞれが災害ボランティアセンターを設置しました。
大きな被害を前にボランティアができることは限られましたが、一方でも土木の職人など幅広い人が支援に参入するきっかけにもなりました。
その後、技術を持たない人も現場で技術向上を図ってきました。

重機やチェーンソーを使う土砂流木撤去、水害後の家屋再生のための壁や床の撤去、床下に潜っての土砂撤去や消毒、屋根へのブルーシート張り、エアコン室外機の復旧など、技術系NPOの支援メニューはかなり増えています。
ここ数年で高所作業車を使うのも当たり前になりつつあり、使う資機材も本業と遜色ないものになってきました。
定期的に人事異動がある行政と違って、同じメンツで動き続けるNPOメンバーたちは、現場の対応技術や制度への理解も深まっています。

ただ、最前線を走り続けている人たちは本当に同じ顔ぶれで、全国で被災地支援を専門にできる人はごくわずかです。
先輩支援者の高齢化も進んでいます。
被災地支援一本ではまだまだ食べていけない。
切り詰めた生活とバイトをしながら支援に関わる人も少なくありません。
もはやボランティアでもない私たちの存在には、まだ適切な呼び名すらありません。
今後もやってくる大災害に対応するためには、専門家として成立する仕組みをつくる必要があると強く感じています。

そもそも、支援する側だけの問題ではありません。
どこの地域でも、災害に強い人が育ちにくくなっています。そしてそれは地域力の衰退につながります。

15年前より少子高齢化や社会課題の深刻化は確実に進み、どの産業でも後継者不足が深刻です。
地域に動ける人が少なく、担い手不足によって災害時にできる穴はどんどん大きくなっています。

能登で地元の人を見ていると、昔の仕組みがそのまま近くにある、災害に強い生活だと感じます。
家庭菜園で野菜をまかない、米も味噌も確保されている。敷地には、かまどやぼっとん便所が残っています。
コンビニでなんでも手に入る生活だから冷蔵庫は小さくてOK、な都会の便利で快適な生活とは真逆のものかもしれません。

便利を支えているものがなくなれば、途端に不便になる。
普段から生活の横に不便がある暮らしを、あえて選ぶくらいがいいかもしれません。

大規模災害時は外からの供給すべてに制限がかかります。
無数の便利に溺れた生活で、先人が重ねてきた知恵を少しずつ忘れていっています。
この先も便利ばかりが進化して、一人ひとりの生きる力が薄れてしまうのでは、と危惧しています。

未曾有の地震と津波被害から15年。
きっとまた大きな災害は起きます。
その時に後悔しないためにできることはやっておきたい。
便利に頼らず自分の力を伸ばしておくこと。被災地支援の専門家が増えるように、これからも働きかけること。今までの被災地から学び続けること。
結として、今後もいろいろな分野の仲間を巻き込みながら、学ぶ場づくりを進める予定です。

こうして15年ずっと走り続けるだけの支えを、たくさんのみなさんにいただきました。
苦しく悲しいことの先にあったたくさんの出会いに助けられてきました。
数え切れないご支援に改めて感謝すると共に、これからも一緒に被災地支援を通して今何が必要かを一緒に考え続けていただきたいです。

これからも結と各地でがんばっている被災地をどうぞよろしくお願いいたします。

083月/26

2月レポート

大変!たまりばの水道が凍った!昼間なのに!と、隙間風が入るたまりばで、冬の寒さの厳しさを余計に感じた2月でした。
寒い日と暖かい日の差も大きく、2月後半は春を感じる日も多くありました。

ここから少しずつ春に向かって、いろいろな新しい年度の準備が始まっていく雰囲気があります。

暇なのは今の時期だけだから、とたまりばに来る人が増えたりもしました。
普段の生きがいの畑は雪の下。
たまりばから上がるストーブの煙を見て「誰か居るんでしょ」と様子を見に来てくれる人が増えました。
今までよりもいろんな方がいらっしゃっていた気がします。
誰かの暇つぶしや息抜きになれていたら嬉しいです。

いろいろな外部からの支援者も来てくれますが、御縁がつながり宮城県女川町からもお客様がありました。
町野の人たちに女川汁(サンマのつみれ汁)を振舞いたい、とみんなでキッチンにたってくれました。
女川の人も町野の人も一緒につくる女川汁。
これからの時期はより一層、どっちかだけが差し出すのではなく、みんなでつくる時期だなと思っています。

つくるは、食べ物以外も。
編み物が得意なお姉様方が多いので、埼玉のReVA上尾のみなさんが毛糸をたくさん持ってきてくれました。
地域の先生に習って、それぞれ帽子を編んだり、地域の人に習う・学ぶ時間が生まれています。
編み物だけじゃなく、地域に伝えられている行事や美味しい知恵など、能登の魅力を学ぶ機会が増えていけばいいなと思っています。

雪が残っていたので、ニーズの対応はすこしのんびりでした。でも雪がとけてきたからこそのニーズも出てきています。
荒れた土地を畑にしたい、2年経ってようやく自宅に戻ってきたから修繕を進める準備を手伝ってほしいなど。
優先順位を考えながら、できるかぎりお手伝いを続けています。

春を思わせる陽気の日に、たまりばのチラシを配るための地域訪問をしました。
数人で地域を回ってもらい、立ち話に花を咲かせたり、野菜をいただいて帰ってきたり。
普段車で通る道も、やはり歩くといろいろな出会いがあります。あそこのおばあちゃん戻ってきたよ、なんて地域の動きも聞けたりしています。

今回はたまりばのチラシ以外に、他の団体の催し物のお知らせや仮設商店街のチラシも一緒に配布しました。
少しずつ生活拠点が変わっていく時期にさしかかります。仮設や県外から地域に戻ってくる話をチラチラ聞いています。
仮設住宅だけでなく地域をまわりつつ、最低限ではあるけど情報のお届けが続けられたらなと考えています。

 

能登の動きも大事にしたいのですが、少しずつ県外にいる時間も増やしています。能登半島地震の対応を踏まえて、全国で災害時中間支援組織を強化する/立ち上げる動きが大きくなっています。
御縁のある沖縄と滋賀県でも立ち上げ準備をしているため、少し関わらせていただいています。
現地のリアルな様子や温度感が伝わらないと、板に挟まれたりたらいで回されたりしてしまいます。
中間支援組織の課題をたくさん目の当たりにしています。
研修で呼んでいただいた静岡県では、50年近くの草の根活動を実感しました。
市民活動を支える体制もちゃんと作られています。
そうした先の事例に学びつつ、現場の声を少しでも反映させられるように、今後も現場にいる中間支援的な動きを目指します。

スライドショーには JavaScript が必要です。

062月/26

1月レポート

元日の地震から丸2年がたちました。
地震や豪雨からの歳月で、少しずつ復旧は進んでいます。

一方で、当時の混乱や苦労は少しずつ記憶から薄れているようです。
まだ当時のことを思い出せるうちに、地震直後にあったことを聞き取りしています。
たまりばでの雑談の間に、「そういえば電気復旧したのっていつだった?」など聞きながら、メモしています。
今後、能登各地で地震の記録を残していくはずなので、そんな時に活用できればいいなと思っています。

全国的に寒波の影響がありましたが、能登もしっかり雪がふりました。
2024年と2025年の冬は雪が少なかったので、例年通りくらい降るのは災害後初めてかもしれません。
地震直後にこんなに降っていたらどうにもならなかっただろうな…と恐ろしく思います。

地震後本格的に降るのが久しぶりなので、寒さによる障害も去年より多くなっている様子。
仮設住宅のエアコン室外機に雪がたまって壊れてしまう、
公費解体で更地が増えたので除雪への影響があったり、
除雪の人手が追いつかないと行政も委託先を探していたりします。

地震後から変わった状況に、いつもどおりの雪。

今後の地区の対応、地域の体制などを少しずつ考えていかなければですが、圧倒的な人手(若手)不足が変わらずの課題です。

雪で畑や外出ができないからと、たまりばに暇つぶしでいらっしゃる方も多かった印象です。
もともと雪の季節は巣ごもりする時期でもあります。
「家でねまって(寝転んで)テレビ見ているよりはいいわいね」と、ちょっとやってきて、私たちやお友達同士でお話しています。
春の畑再開までに体がなまらないように、たまりばを活用してもらえて嬉しいなぁと思っています。

 

仮設商店街

12月末に輪島市町野町に念願の仮設店舗がオープン。
4事業所中、3事業所さんが営業を再開させています。
(全店舗そろうのは春頃の予定)
地震直後に崩れた店舗から、どうにか取り出した機材やテーブルがお店に並んでいました。
去年夏に関東から少しずつ運搬した厨房機材も活用されています。

仕事姿の店長たちを見ることができて、本当に支援者冥利につきるなぁとしみじみ感じます。
こうして(仮設でも)再建まで活動を継続してそばに居られるのは、たくさんの方のご支援やご尽力あってのことです。
本当にありがとうございます。
みなさんがイキイキお仕事されている姿、ぜひ見に来てください!

仮設商店街に使えそうな資機材を、七尾市和倉温泉の多田屋さんからもいただきました。

もうすぐ解体がはじまる館内から、冷蔵庫やテーブル・食器・棚・飾り部品など。
他の団体や事業所さんも紹介し、施設の方が驚かれるぐらいいろいろな物をいただきました。
丁寧にご対応いただき本当にありがとうございました。
リサイクル市の売上を寄付として多田屋さんに還元している動きもあります。
もったいないでつながり、おたがいさまでみんなで少しずつ復旧していく姿をうれしく思います。

スライドショーには JavaScript が必要です。

021月/26

活動報告2025

2024年元日の地震から3年目を迎える能登。
短かくも長かった2年が終わります。
広域支援ベースとして輪島市と能登町で「助かったものを救う」1年目から、拠点を輪島市町野町に移して復旧や地域活動を「一緒に続ける」2年目でした。

【能登の今】

 

地震後の片付けや、水害の土砂撤去ニーズは2025年末までにほぼ0になりました。
突発的なお手伝いは今後もありそうですが、一段落したと言えそうです。一方で、避難指示区域(30地域266世帯)もまだあります。
国道の一部区間は、2025年の12月にようやく一般車両が通れるようになりました(地元車両や緊急車両は以前から通れました)。
県道や市道、農道や林道などでは、まだ復旧を待っている場所があります。
道の復旧や崖の危険処理が終わらないと、家に戻れない方も依然としていらっしゃいます。
地域それぞれの課題によって復旧や自宅再建の差が生まれているので、今後も目を向けておきたいポイントです。

公費解体は、ほとんど終了し全体の97.9%となる 41,297棟の解体が完了。(R7年11月末時点)
各地で更地が目立つようになり、さみしく感じる景色も多くあります。
今後地域がどんな形になっていくのか、まだまだ見えません。
可能性が無限大とも言えますが、はたしてどれだけの家が再建されるのか。見通すのが難しいのです。

二人暮らしができるような小さな平屋を建てようと思っても、2千万円はかかるとか。
物価高と能登という地理的な特性などで、従来予算の2倍ほどを覚悟しなくてなりません。

今までは「みんな避難所・みんな仮設」で、みんな同じ進捗状況でした。
そんな中でポロポロと自宅修繕や新築や購入、県外移住で、仮設住宅を出ていく人も現れました。
こうして少しずつ、個人や世帯の状況によって、生活再建の進みぐあいが分かれていく時期がはじまります。

足並みが違っていく中で、今後それぞれの地域をどう再構築するのか。
丁寧に地域の中で話合いを重ねていく必要もありますが、それぞれの生活再建で手がいっぱいでは、地域の再構築には目線が向きません。
どれだけ人が地域に戻ってくるのか、は生業にも影響していきます。
ようやく仮設店舗の営業が始まった場所や、まだ準備中の場所も。
この1年で少しずつ生業の再スタートが進んでいます。
嬉しいニュースではありますが、ここからは仮営業をしながら本格復旧を考えていく時期です。
しかし、地域に人がいなければ、従来規模での再建は現実的でないかもしれない。
高齢化・人口減少の凝縮された社会課題を目の前に、再建をがんばる人たちの応援が必要です。
今まで家の片付けや土砂撤去など、物理的なお手伝いだった外からのボランティア。
今後は、こうした生業や能登の後方支援や観光応援に変わっていくといいなと思っています。

能登半島の物理的な復旧には、5年〜10年を要するはずです。
その間、息長く地域の中で支えあっていけるように。

この2年たくさんの人の助けが入って、有難いことに目に見える困りごとはかなり少なくなりました。
地震や水害で生まれたマイナスがゼロに戻ってきたようなイメージです。
ここからは、ゼロから一つひとつ積み上げていく支援が必要です。
まだたくさんある課題を解決するためには、その日限りのお手伝いではなく、じっくりゆっくり一つの地域への丁寧な関わり方が必要になってきます。

能登支援3年目のテーマは「一緒につくる・まなぶ」。
少しずつ生まれている地域の芽を大切に育てるお手伝いをしながら、能登の良いところや伝統を学びながら、一緒に地域に必要なものをつくっていく一年になればいいなと思っています。

また、能登での復旧活動を続けながら、8月の豪雨の緊急支援も対応しました。
2か所同時に対応できたのは、支えてくださるみなさんのお力があったからです。
本当にありがとうございます。

結が活動した熊本県だけではなく、実は全国各地で災害が多発しました。
能登の活動と同時に対応するには、1つの現場に絞ったスポット的な支援に限られました。
しかし、その分熊本では九州テクニカルネットワークなど九州のつながりが存在感を発揮しました。
広域な支援者連携は全国にあったほうが良い。
ネットワークの重要性は最近各地で言われていますが、ちゃんと緊急期に現場で実働できる人たちをネットワークにしていきたいなと思っています。
ネットワーク強化や人材育成、現場と中間支援の橋渡しなど、被災地支援の基盤強化にもっと力を入れていく予定です。

南海トラフ地震など、大きな地震があと10年くらいで来るのでは、と予想しています。
もちろん災害はいつ起こるか予測できないものですが、能登半島地震でできなかったことを対応できるように進化する必要があります。
ちゃんと対策して、後悔の少ない被災地支援ができるチームづくりを進めていく2026年にしたいと思っています。

0312月/25

11月レポート

過ごしやすい日中が終わり、朝晩の冷え込みを感じる秋らしい11月になりました。

毎週末食事を作ってくれるばあばあずと、仮設商店街の見学のためすずなり食堂に行きました。
地元の人だからこそ意外と行かない隣町。
ここ、こんなに大変になってたのか〜など記憶と照らし合わせて車窓からの景色を眺めていました。
各仮設商店街ごとに地域や事業者さんの個性が出ているので、また機会を作って見学会をする予定です。

スライドショーには JavaScript が必要です。

11月に新たに相談があったのは、図書館の本の移動でした。
建て替えの予定があるものの、中の本や荷物の移動には予算がつかなかったそう。
外側のハード面に比べて、内側やソフト面には予算が付きにくいようです。
もとに戻しやすいように、整理番号の通り順番に仮置場へ搬入するなど、図書館ならではの手間が必要でした。

 

活動では、企業・団体からの問合わせがあったので、千枚田の草刈りや復旧、側溝清掃などの対応ができました。

収穫が終わった今からようやくできる復旧対応です。
1004枚の田んぼのうち、今年作付できたのは250枚。
来年はもっとできるといいなぁと外野から思っているので、今のうちに少しだけですがお手伝いができれば嬉しいなと思っています。

夏前から毎週末予定を組んで来てくれていた企業さん(三井物産)の派遣が11月で一区切りを終えました。

当時は11月よりも前にほとんどニーズはなくなるかも?とも思いましたが、同じ地域にじっくりいるからこそ出てくるニーズもたくさんありました。
継続的に来てくれる方がいるからこそ、私たちもニーズを受けることができるのです。
長期に渡り、能登を知って手伝うために派遣してくれた三井物産のみなさまに心より感謝申し上げます。

長らく週末に来てくれていた、生協さんのたこ焼きチームも11月で区切りに。
地域のフェーズの変わりめ、集落単位で集まる口実づくりに一役かってくれました。
わざわざ関西から来てくれること、みんなで一緒に焼いて食べる時間など、地域の方に喜ばれました。

炊き出しや物資の支援が喜ばれる一方で、懸念もあります。
「みんな支援慣れしている」という声は、いろいろな地域で聞こえてくる声です。
能登のためにと外部から物的支援に来てくれるのは大変ありがたいのです。でももらってばかりではいけないと思っている人も多くいらっしゃいます。

能登のボランティアまだ足りてないですか?とよく聞かれます。

回答は「地震や水害の片付けなど目に見える困りごとは大体終わってきた。
(もちろん部分的に終わっていないところもある)
最低限を考えれば足りているに近いし、じっくり付き合う人がいるならまだまだニーズはある」

今からは、なにかをつくる時期です。
たとえば人の集まる所にベンチを作りたいとか、解体後の敷地に趣味の物が置ける場所を作るとか、にぎわいづくりや景観を維持するために植樹したいとか。
こうしたニーズは、更地になった地域やまちづくりをどうしていくのか?をじっくり一緒に考えていくと生まれるものです。

1〜2日の短期的な支援であれば、ぜひ能登観光へ。
経済を回すという支援、とっても重要です。
長期間じっくり関われる人は、能登のまちづくりを。

11月の最後の週には、建築系の団体さんが来てくれて、コンテナの風除室のような物や、物置ができる箱などを作ってくれました。地域の目線で一緒にものづくりを考えることができて良かったなぁと思います。

 

同じく11月の最後には、重機講習会を2日間開催しました。
三重から講師をお招きし、中級編・初級編に分けて実施。たくさんの方が参加してくれましたが、半分以上が石川県民でした。

地震後の日々で重機の免許を取得した、資格取得後のスキルアップがしたいなど背景はいろいろでしたが、能登のためや今後の被災地での活用を見越して上達したい方ばかり。
じっくり練習して技術を磨く機会を待っていたという声が多くありました。
また今後も機会があれば練習会や講習会を開きたいなと思っています。

スライドショーには JavaScript が必要です。

 

0411月/25

10月レポート

能登

10月末で、能登半島の公費解体が一区切りとなりました。
申請済みの家は大方解体が終わって、更地ばかりになっています。
たまりばの周辺の家屋もほとんどがなくなり、今まで見えなかったスーパーが見えるようになっています。

輪島市は8割ほど解体が進んでいるようです。
しかし、所有者との連絡がつかない家、迂回道路を作ってから解体が必要なところ、重機が入らないので手解体のところなどが残っている印象です。

公費解体が大方終了することに伴い、廃棄物の受入れも10月で終了する場所が増えました。
10月末にできるだけ廃棄物搬出をしましたが、まだ今後も廃棄物が出てくる見込みです。

今後は町野地区では搬出に片道30分くらいかかるかもしれません。
このように、1件の対応に時間がかかるようになりそうですが、一方でニーズは残り数件です。
10月末で輪島市災害ボランティアセンターでも、常設設置から不定期開催に移行していくほど、全体的なニーズ自体は少なくなってきました。

しかし、完全に0になるにはまだ数年かかると感じます。
生活再建の進み具合に伴って新しいニーズも出てくるはずなので、そうしたニーズの相談先は、今後も必要です。

季節が夏から少しだけ秋に移り、すぐに冬が始まりそうです。

一瞬の秋の間に、町野町のお祭りがありました。
一緒にお神輿やキリコを担がせてもらいました。
普段出会えない人とも顔を合わせられる、人と人をつなぐお祭り。
能登で大切にされているお祭り。
2年ぶりのお祭り開催に少しだけお手伝いができて、とてもうれしいひとときでした。
来年はもっとたくさんの地区でお祭りが開催されることを楽しみにできそうです。

 

たまりばも、冬支度を始めました。

暑さ対策で風通しをよくしていた場所を少しずつ塞いで、あたたかくたまれるように進化中です。
薪ストーブも入れて、いつものように廃材を燃やせるように計画中です。

解体予定の旅館や家などから、廃材をもらいました。
ベンチなど次の姿に生まれ変わったり、みんなをあたためるエネルギーとして活用予定です。

 

熊本

9月で家周りの土砂撤去はほとんど進みました。
美里町や甲佐町は、ビニールハウスの土砂撤去など、産業支援が多くなりました。

1件の面積が大きく大変で、ビニールハウスによっては重機が入れないために、人力で対応するしかない場所も多くありました。

人数が少ない日もありましたが、九州のメンバー内で声をかけあって、できるだけ大勢で現場対応を進めています。
お花のビニールハウスの方からは、お礼のお花を能登に送っていただくなど、嬉しい交流にもなりました。

1610月/25

9月レポート

能登

夏休みの学生たちや、春頃から企画が動いていた企業ボランティアなど、団体の方たちの受け入れが多くありました。
たくさんの人手が必要な現場が多かったので助かりました。
おかげで、畑のビニールハウス解体や土砂撤去などたくさんの現場が進みました。 家の中のお手伝いもわずかにあります。

お手伝いの必要なニーズの中で、福祉ニーズの割合も増えたような気がします。
・地震後の雨漏りがあり、家の老朽化にも関係するので本格的な修理が必要だが予算的に3桁万円以上するために難しい
・土砂撤去など災害由来のお手伝いは進むが、家の再建をどうするのかを判断する人がいないため、なかなか暮らしの立て直しにつながっていかない
・自分の生業のために仮設住宅と自宅敷地内の倉庫で二拠点生活を続けるつもりだが、生活に必要なものを全部自力で整えるには高齢なため時間がかかる

など被災状況、世帯状況によりさまざま。
災害をきっかけに関わる機関が増えている今、できるだけ課題の整理をしたいところですが、一朝一夕では進みません。

隔週で開催している、夜の持ち寄り飲み会のたまりBAR。飲みながら、町の未来を妄想したり、ちょっと話し込んでみたり、子どもたちが遊んでいたりにぎやかです。

ようやく町野町の仮設商店街の着工もありました。
目に見える部分も見えない部分も、いろんな場面でまちづくりが進めばいいなぁと思います。

地震直後に酒米の救出などで関わった、松波酒造さんも仮設店舗で営業を始められました。
いろいろな方が少しずつ前に進んでいるニュースは嬉しいもの。
これも、今までたくさんの人たちがお手伝いに来てくれたからに他なりません。
復活して前進していく姿も、また見に来てもらいたいなぁと思います。

スライドショーには JavaScript が必要です。

熊本

土砂崩れが多数発生していた美里町、甲佐町の復旧を、九州テクニカルネットワークのメンバーと一緒に進めています。
9月からは、二つの町の対応が少し落ち着いたため、八代市で活動するコミサポひろしまの助っ人に入っています。
龍峰地区では土砂崩れ被害が発生。
浸水件数に比べると土砂崩れの被害件数は少ないものの、土砂が家に流れ込んでいるので一軒ごとの対応にかなり時間がかかります。

美里などと同じく、腰の高さまで土砂に埋もれている家もありました。
見た目の衝撃も大きいので、災害後すぐは家の片付けに前向きでない方もいらっしゃいました。
しかし、たくさんの支援者が来て景色を変えていくことで、元気になってきたり笑顔を見せてくれたりしています。
大学生などが団体で来てくれるとそのパワーは顕著で、とても助かりました。
ビフォーアフターでまとめて見るとみんなの頑張りが伝わりやすいかもしれません。
ぜひ活動報告の動画をご覧ください。

019月/25

8月レポート(能登・熊本)

能登

8月はさすがの能登も30度を超える日が続きました。
外も人通りが少なかったように感じます。
日々の活動も安全第一を目標とし、たくさんの方のおかげで大きな事故やケガなく終えることができました。

8月10日ごろから能登でもまとまった雨が降りました。避難所開設されたり、被害予防ために国道が通行止めに。
町野周辺では家屋への大きな被害はなかったように思いますが、土砂崩れで孤立状態に近くなりました。

通れない道が多く、買物などが不便になっただけでなく、雨への不安感が高まった数日でした。(能登町では床下浸水約100、珠洲でも仮設住宅が床下浸水するなどの被害が出ています)
「あの雨で家族の気が立っている」と話す方もいらっしゃるように、まだまだ不安な場所の多い能登です。
今後の雨でも被害が発生しないか不安に思いながら備える日々が続きます。

熊本での豪雨対応のため能登のスタッフが減っています。
そのため、少ないスタッフで現場対応とたまりば運営をしています。
ありがたいことに、今までたくさんの方が活動してくれたおかげでニーズはかなり少なくなりました。

急ぎのニーズも少ない状況です。公費解体に伴う荷物移動など飛び込みで発生するものもありますが、大体は田畑などの産業ニーズや暮らしの生きがいづくりに関わるニーズが残っています。
一度にたくさんの人で対応した方がよい現場も多いため、参加人数の多い週末などに調整して活動しています。

活動日数を減らすなどの対応はしていますが、能登での復旧支援は変わらず続ける予定です。
二拠点対応ができるのも、今まで能登の支援に継続的に関わってくれた団体や個人の方が今も能登に関わり続けてくれていることが大きく、とても感謝しています。

 

 

 

 

 

 

スライドショーには JavaScript が必要です。

熊本

豪雨の被害発生範囲が大きいことなどから、12日に現地入りしました。
現在は甲佐町と美里町を中心に対応を進めています。

熊本は、2016年の熊本地震、2020年人吉球磨の豪雨など、定期的に災害に見舞われています。
当時の関係者の紹介で、活動拠点や被災地の関係者がすぐ見つかりました。今までの活動での関わりに改めて感謝する瞬間でした。

熊本以外の被災地の活動から、九州テクニカルネットワークの枠組みが生まれ、今回は九州テクニカルの実働と活動調整として動いています。
甲佐町や美里町などの重機ニーズに対応中です。
浸水被害件数も多いですが、今のメンバーや体制で力を発揮できるのが重機ニース対応と判断したため、土砂撤去に注力しています。

九州の団体や過去の災害でゆかりある団体などが活動していますが、熊本県内でも7つ以上の市町村にまたがって被害が発生しているため、支援団体が散らばっています。
一つひとつの被害件数は大規模災害には届かないものでも、支援が散ってしまい円滑に復旧を進めることが難しい状況です。
災害ボランティアセンターでも活動人数が少ないため、さらに復旧に時間がかかってしまう可能性もあります。九州に近い支援者が九州の復旧支援に入ってくるようになればいなと思っています。

スライドショーには JavaScript が必要です。