
まちの山菜クラブ
と勝手に名付けて、小学生も大人もみんなで山に山菜採りに出かけました。大量のタケノコや、わらび、フキ、うど…季節の恵みをいただいています。
たまりば前に設置したカマドに火を入れて、光熱費を気にせず下処理をしています。
米ぬかや灰で下処理した山菜は、いろんな方におすそ分けしています。
こちらからおすそ分けする以上にいただいたりもして、町野の春を感じます。

田んぼの準備や畑をしている人の姿も各地で見るようになりました。
地震で止まっていた時間が、少しずつ動いている気がします。
地震や水害でのお手伝いニーズはほとんど0になりました。
ポツポツお願いや問い合わせもあったりしますが、4月からは週末に活動日を絞っても十分対応が追いついています。
依頼内容では、畑に関する相談が多くなってきました。
自宅解体後の敷地の耕作などは、地震や水害とは直接関わりがないものでもありますが、今後の生活をつくっていく上で必要なことと判断してお手伝いをしています。

2016年の熊本地震から10年が経過しました。
最初の震度7の情報を受けて熊本入りした代表は、当時本震を震源地の益城町で経験しました。
あの時から10年とは本当にあっという間な気がします。
熊本の方たちからお誘いいただいたりもしたので、少しだけ熊本へお邪魔してきました。
時々熊本にも赴いているものの、能登半島地震後はかなり足が遠のいてしまっていました。
久しぶりに熊本で時間を過ごして感じたのは、定期的な訪問は絶対必要ということです。

2016年当時、「危ないから住むな」と言われた地区。しかしその地域へ仕事に通う方もいるため、コンテナの運搬などを手伝いました。
10年後の地区には、新築された家があり、生活がありました。あの時は全く想像が及ばなかった景色に、とても嬉しくなりました。
当時関わって今も通うからこそ知れること。
能登半島のいろいろな地域でも、想像もしない形で復旧復興していくのかもしれません。通い続けることの大切さを感じました。
また、能登へ届けてほしいと八代からみかんをたくさん預かりました。
2012年の阿蘇豪雨の時から応援してくれる方のご紹介でした。
ずっとご縁を続けてくれてありがたい限りです。

毎年恒例行事になりつつある、沖縄研修。
今年も無事に開催できました。
例年より子どもたちが多めのメンバーで、沖縄戦のことを学び、バナナを収穫して砂糖と塩をつくりました。
定期的に平和ガイドさんをお願いしている関係で、ガマ整備の相談がやってきました。
地元沖縄のために何かできないかと考えて始めた研修が、少しずつ次につながりそうで嬉しく思っています。

被災地のことも、沖縄のことも、知ってから次のアクションにつなげていくことが大事だと思っています。具体的なアクションとして、平和学習のフィールド整備など、被災地で培ってきた技術を使える流れができればいいなと思っています。



























































