Category Archives: お知らせ

038月/26

熊本地震対応を開始しています

7月28日の熊本県南部を震源とする地震で被害にあわれた皆さまに、心からお見舞い申し上げます。

地震発生の情報を受け、当日夜に先遣隊を派遣しました。
現地の被害状況の把握を進めています。
震度7だった宇城市・氷川町、震度6強の八代市の3市町が特に大きな被害を受けている印象です。

結では、この3市町にアウトリーチできる用に、NPO共同で使える拠点を設置。
在宅生活を続ける方の様子を確認して必要な物資を届けたり、道路啓開や貴重品取り出しをしたり、支援活動を始めています。

10年前の地震の時には**だったから、と以前の経験が役に立っている場面もあれば、トラウマになっている様子も見られます。
水道の復旧に時間がかかるかもしれず、避難生活もまだまだサポートが必要です。
夏真っ盛りの地震被害に、熱中症対策や関連死防止の対応が大きく必要になると見ています。

情報整理を進めつつ、必要な支援を適宜届けられるように、仲間の支援団体やいろいろな関係機関と連携しながら活動を進めます。
ぜひ、まだ復旧途中の能登と合わせて熊本地震の復旧活動にも関心を向けていただけると嬉しいです。

267月/26

6月レポート

能登

3年目のテーマは「一緒に学びつくる」
今までの活動を通して、能登の生きる力を学ぶ必要があると感じていました。
能登では今後復旧時期から復興時期へ少しずつ動いていく時期だと感じる場面がたくさんあります。
復旧に関わるような急ぎのニーズは0に近い状態は、マイナスから0に戻す時期がほとんど終わったとも捉えられます。
これからはようやく0に戻った地域に、一つずつ町に必要なものを積み重ねていく、復興をつくっていく時期だと考えます。

そんな中で、小屋作りを少しスタートしました。
町野町にある製材所さんから角材を買ってきて、4.5畳の小屋になるように組み立てています。
大工さんのご指導を受けながら、比較的簡単に作れないかと画策中。
公費解体して家を更地にしてしまった方も多くいます。現在再建についてそれぞれ考えている真っ最中ですが、公営住宅への入居など自宅を建てないという選択肢を選ぶ方もたくさん出てきそうです。

家は建てなくとも、自宅の敷地は残ります。今までやっていた畑を再開したいなとか、少し荷物置きにしたいなとか、何もしなくても落ち着く元自宅の景色の中で過ごしたいとか、土地への思いや活用したい気持ちはさまざまです。
泣く泣く自宅再建を諦める方の選択肢を増やすために、地元のチームと一緒に今後も試行錯誤する予定です。

町野町でも朝市が始まりました。地域の方たちが自主的に始めた取り組みのようです。
朝から元気に野菜を売ったり買ったりして、おしゃべりを楽しむ姿をとてもいいなぁと見ています。
こうして地震後の新しい取り組みや地域を楽しむ催しが続いたり増えていくと嬉しいです。

年末まで時々開催していた、夜のたまりば赤提灯企画も6月末に再始動。今回は地元の方のやりたいねという声からです。
いろんな場で人と人が顔を合わせて話して、町の今後を考える機会が増えているのかもしれません。

ネットワーク構築

6月は梅の季節。
久しぶりに有田の梅取りに行く時間を作りました。2023年以来の梅訪問です。
今回は、梅とりから和歌山市のチャリティーイベントに能登の物産を持って参加という流れになりました。
2011年からご縁のある和歌山県。いつもご支援くださる方のお話を改めてうかがったり、能登のことを伝えたり、南海トラフでは甚大な被害想定になっているからこそ、今のうちから少しずつ関係性を積み重ねておきたい場所です。

各地のふらっとな関係性づくりと並行して、パブリックなネットワーク作りで滋賀と沖縄に度々お邪魔しています。県域の中間支援組織立ち上げの打ち合わせを重ねつつ、各地の事例などを勉強しています。

いろいろ検討したり協議しながらみんなで感じているのは、圧倒的に県域のリソースが少ないこと。
国が令和10年までに、県域の災害時中間支援組織立ち上げ100%を目指している一方で、人もの金はどこでも共通した課題です。

災害時支援の窓口になる組織とは?
事務局をやるような人材はいるのか?
立ち上げ支援の助成枠組みはあるがどうやって存続させていくのか?
災害時に動けるような人は育成できるのか?
各地で組織化や運営に関わっているような方達からも漏れ聞こえてくる同じような悲鳴。

行政・社協・NPOの三者がただ手をつなぐだけでは超えられなさそうな課題がたくさんです。
しかし、課題山積でも進むべき道でもあります。
結としては、被災地のノウハウと、今まで現場で出会ったたくさんの支援仲間というリソースを使いながら、できる限り実働面でサポートを続けます。

286月/26

2025年度活動報告書ができました

2025年度の活動報告書ができました。今回の表紙は、珠洲市大谷地区の鯉のぼりです。

報告書はこちらからご覧ください

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能登半島地震から3年目を迎え、活動はようやく復旧・復興支援から、地域やまちづくりを共に考えるフェーズへと移ってきました。フェーズの変わり目まで地域に居続けられるのも、みなさまのご支援があってこそと、心より感謝申し上げます。

一方で、私たちが能登に居続けることが、地域の自立力を削ぐことになってはならないとも感じています。現地での活動に少しずつ区切りをつけながら、必要な伴走支援は続けつつ、「地域のために地域の人が動いていく」姿を目指していきます。

2026年度は、次の大きな災害への備えを本格的に進める年にしたいと考えています。南海トラフ巨大地震などを見据え、滋賀県米原市周辺への拠点設置を進めるとともに、県域の中間支援組織立ち上げに関わる予定です。

「災害があった時だけ備えるのではなく、日常の暮らしの中に備えを組み込む」——フェーズフリーの考え方を、もっとたくさんの人と共有できるような取り組みを進めていきます。

また、これまで任意団体として活動してきましたが、今後法人化を目指し、組織としての基盤を整える一年にいたします。

今年度も引き続き、活動へのご理解とご協力、そして被災地への変わらぬご関心を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

116月/26

5月レポート

爽やかなお天気が続いた5月の能登。外からの支援と地元の人が少しずつ混ざりはじめる空気を感じた月でした。
能登の活動は現場ニーズが落ち着いたので、ときどき産業支援に切り替えています。

能登のために何かしたい、と思ってくれている方はまだ多いはずです。
一方で一日だけ来てすぐに手伝えることが減ってきました。
能登のために動きたい人たちをどう受け止めるのか。
小さな町一つ分に近い7,000人以上が流出した奥能登で、地域に関わる人をどう維持していくのか。

そんな考えの中にいた5月に、とてもストンと腑に落ちた話が
地域の善意にタダ乗りしてきたからお米が安かったということ。

ある農業法人の方いわく、
住民が激減した結果、地域の維持が追いつかない。
今までは地域総出で、田んぼの草刈りや水路掃除などをやっていた。
つまり、地域の農業は地域のボランタリーな動きで維持されていたということ。
田舎の伝統的な善意があったからこそ、お米が安く市場に出ていた。
都市部で気軽にお米が買えたのは、地方の善意にタダ乗りしていたから。
人口減少で現状維持は難しいのだから、全国でお米を食べる人たちが稲作環境の維持に参加するべきではないか。
食べる人も一緒に農業しようよ。

とのこと。
その通りだなぁと深く共感します。
これは能登以外の各地でも起こっているはず、もしくは今後起こってくるはずです。

人口が減ったとはいえ、もとの地域で住んでいる方も仮設で住んでいる方もたくさんいます。
住む場所(仮設か自宅か)によって地域が分断されがちでもあるので、元の地域単位での取り組みが今後ますます必要だと思っています。

生協さんの力をかりて、5月は2か所で地域のたこ焼きサロンができました。
当時避難所だった、体育館でたこ焼き企画を実施しました。
避難所だったときの記憶のままだった方もいらっしゃったはず。
生協さんに丁寧に告知に回ってもらい、当日は100人近い方が顔を出してくれました。

元気にしてたか?と久しぶりに声をかけあっていたり、新しい出会いの場になっていたり。
いろんな人が混ざり合う良い空間だったように思います。
7月以降も地域でのサロンの機会を作れるので、こうした場づくりのお手伝いが続けられたらと思っています。

ご支援でお預かりした軽トラを、珠洲の支援団体【ストランダー】にお届けしました。
今はまだ沖縄ナンバーですが、そのうち石川ナンバーに切り替わる予定です。

2019年に預かり、いろんな被災地を渡り歩いてきた一台です。今後も能登で愛用されることになるのは嬉しいことです。

奥能登の各地で支援団体が生まれて、それぞれの特色を出しながら活動が続いています。
発災後のにっちもさっちもいかない時のエネルギーで動いてきた団体たちが、少しずつ考えながら形を変えていく時期でもあると感じています。
災害で辛く悲しいことがたくさんあったけれど、だからこそいい巡り合わせもたくさんあった。
良かったことに数えられることが増えるように、地元の団体の応援をささやかに続けます。

町野でも有志の動きがあり、ニーズ対応を一緒に進めています。
技術面や資機材面をサポートしながら、無理しない体制がつくれるといいなと見守っています。

研修や会議で、県外にいる時間も少しずつ長くなってきています。
滋賀県の災害時中間支援組織を考える場にお邪魔したり、京都のイベントにお声かけいただいたりしました。
前からずっと行きたかった、つくばの研修センターにも訪問。
災害時に支援できる人を増やすための、高度なトレーニング環境が進化しているようです。
近畿でも災害対応を見据えた研修などができるように、夏からはもう少し近畿にいる時間を増やしつつ、防災や平時からの取り組みを強化するための体制づくりを進める予定です。

096月/26

4月レポート

まちの山菜クラブ
と勝手に名付けて、小学生も大人もみんなで山に山菜採りに出かけました。大量のタケノコや、わらび、フキ、うど…季節の恵みをいただいています。

たまりば前に設置したカマドに火を入れて、光熱費を気にせず下処理をしています。
米ぬかや灰で下処理した山菜は、いろんな方におすそ分けしています。
こちらからおすそ分けする以上にいただいたりもして、町野の春を感じます。

田んぼの準備や畑をしている人の姿も各地で見るようになりました。
地震で止まっていた時間が、少しずつ動いている気がします。

地震や水害でのお手伝いニーズはほとんど0になりました。
ポツポツお願いや問い合わせもあったりしますが、4月からは週末に活動日を絞っても十分対応が追いついています。

依頼内容では、畑に関する相談が多くなってきました。
自宅解体後の敷地の耕作などは、地震や水害とは直接関わりがないものでもありますが、今後の生活をつくっていく上で必要なことと判断してお手伝いをしています。

2016年の熊本地震から10年が経過しました。
最初の震度7の情報を受けて熊本入りした代表は、当時本震を震源地の益城町で経験しました。
あの時から10年とは本当にあっという間な気がします。

熊本の方たちからお誘いいただいたりもしたので、少しだけ熊本へお邪魔してきました。
時々熊本にも赴いているものの、能登半島地震後はかなり足が遠のいてしまっていました。

久しぶりに熊本で時間を過ごして感じたのは、定期的な訪問は絶対必要ということです。

2016年当時、「危ないから住むな」と言われた地区。しかしその地域へ仕事に通う方もいるため、コンテナの運搬などを手伝いました。
10年後の地区には、新築された家があり、生活がありました。あの時は全く想像が及ばなかった景色に、とても嬉しくなりました。

当時関わって今も通うからこそ知れること。
能登半島のいろいろな地域でも、想像もしない形で復旧復興していくのかもしれません。通い続けることの大切さを感じました。

また、能登へ届けてほしいと八代からみかんをたくさん預かりました。
2012年の阿蘇豪雨の時から応援してくれる方のご紹介でした。
ずっとご縁を続けてくれてありがたい限りです。

毎年恒例行事になりつつある、沖縄研修。
今年も無事に開催できました。
例年より子どもたちが多めのメンバーで、沖縄戦のことを学び、バナナを収穫して砂糖と塩をつくりました。

定期的に平和ガイドさんをお願いしている関係で、ガマ整備の相談がやってきました。
地元沖縄のために何かできないかと考えて始めた研修が、少しずつ次につながりそうで嬉しく思っています。

被災地のことも、沖縄のことも、知ってから次のアクションにつなげていくことが大事だと思っています。具体的なアクションとして、平和学習のフィールド整備など、被災地で培ってきた技術を使える流れができればいいなと思っています。

174月/26

3月レポート

少しずつあたたかくなってきて、たまりばのストーブの稼働時間も減ってきました。
でも、煙が上がっていると顔を出してくれる方がいるので、目印って大切だなぁと感じます。

春の訪れで、山や畑の動きがあります。山菜の差し入れがあったり、畑の準備が始まったり。
みんなウキウキしている様子です。

春休みの大学生や新入社員の研修を兼ねた活動の受け入れもありました。
スーパーでパックに入った野菜や魚を見ることが普通になっている若者たちには、能登の自然と一緒の暮らしはなんでも新鮮なようです。
地震や水害からの直接の支援ではなくなりますが、一緒にヨモギを取って団子を作ったり、キノコの栽培準備をしたり、新鮮な海藻を食べたり。

外から来た人だからこそ気づける能登の良さがたくさんあります。
「なにもない」がある能登の魅力を、どう伝えていけばいいのか、今後の課題だと思っています。

みんなで作ったたこ焼きやチラシを持って訪問する機会もありました。
個別にお話を聞いていると、まだ廃棄物を捨てていなかったり、ちょっとしたサポートが必要だったりするケースもあります。

福祉ニーズの割合も高くなってきました。今後は、関係機関との連携がもっと重要になっていきそうです。

私たちが拠点を置いている輪島市町野町で、学校の閉校式がありました。
地震前、輪島市内に12あった市立小中学校は、2026年度から4校に集約されました。
地震後1年で児童生徒数が7割程度に減少した影響です。かつて町野町だけで小学校が5つ以上あり、映画館やパチンコ屋があってにぎわっていた時代と比べると、時の流れを痛感します。

地震で拍車がかかった地域の担い手減少をどうするのか、これからが問われています。

沖縄と滋賀でのネットワークづくりに参加しています。
それぞれ会議やフォーラムが実施されたので参加してきました。
4月から新年度、少しずつ復旧支援(能登)から平時からの備え(沖縄・滋賀)の活動を増やしていきたいなと考えています。
2019年以降、長年お世話になっている長野でも講演活動でお邪魔してきました。
当時被災した地域に新しく建った防災センターで、あの時最前線でがんばっておられた方たちとお話できたのは良い経験でした。

113月/26

15年の活動記録

災害種別
水害
地震
複合災害
その他
2011
東日本大震災
地震
📍 宮城県仙台市ほか
死者15,467人・行方不明7,482人。住宅全壊約10万棟・半壊約10万棟(内閣府)。最大震度7。戦後最大の自然災害。
災害VC運営支援
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結の動き・学び
前原土武が仙台市から活動をスタート。仙台市のボランティアセンターでサテライトを作り、効率よくニーズ対応できるような仕組みづくりが必要と気づく。
被害・支援の特徴
複数市町村すべてで災害ボランティアセンターが立ち上がった。多くの支援団体がこの災害をきっかけに立ち上がった。
7月新潟・福島豪雨
水害
📍 福島県金山町
災害VC運営支援
紀伊半島大水害
水害
📍 和歌山県那智勝浦町
死者56人・行方不明者5人。全壊240棟・半壊1,753棟。(和歌山県)土砂崩れと河川氾濫が同時多発。
災害VC運営支援
2012
つくば竜巻災害
その他
📍 茨城県つくば市
死者1人・負傷者37人。住宅全壊71棟・半壊149棟(消防庁)。
災害VC運営支援
7月九州北部豪雨
水害
📍 熊本県阿蘇市
死者30人・行方不明者3人。全壊276棟・半壊2,306棟。(防災白書)阿蘇地域を中心に土砂崩れが多発。
災害VC運営支援
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結の動き・学び
自己資金が尽きて、結として支援金募集を始める。災害後約2年をかけて、豪雨の記録集を作成、地元へ寄贈する。
2013
山口島根豪雨
水害
📍 山口県萩市
死者2人・行方不明者1人。家屋被害1,126棟(萩市)。河川氾濫で住家に被害。
災害VC運営支援
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結の動き・学び
月に一度ボランティアセンター立ち上げに関わる。
島根西部豪雨
水害
📍 島根県浜田市
災害VC運営支援
台風18号
水害
📍 滋賀県高島市
災害VC運営支援
伊豆大島大水害
水害
📍 東京都大島町
死者36人・行方不明者3人。島の約1割が土石流に被災。住宅全壊137棟。
災害VC運営支援
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結の動き・学び
離島の支援の難しさを実感。ボランティア希望者へ島で活動するための制約を提示する仕組みを提案(宿泊場所・移動手段の確保など)。
2014
山形県豪雨
水害
📍 山形県南陽市
災害VC運営支援
台風11号
水害
📍 徳島県那賀町
災害VC運営支援
広島土砂災害
水害
📍 広島市安佐南区・安佐北区
死者77人(関連死含む)。住宅全壊179棟。166箇所以上で土砂災害が発生。
災害VC運営支援
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結の動き・学び
連携が強い地域での復旧作業の進みが早いことを目の当たりにする。地域の人と一緒にボラセンを立ち上げると、細やかな支援が可能になると体感した。
長野北部地震
地震
📍 長野県白馬村
死者0人。県内の住宅全壊81棟・半壊172棟。最大震度6弱。地域のつながりが生存を支えた「白馬の奇跡」。
災害VC運営支援
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結の動き・学び
地震災害の対応の難しさを実感。NPOとの連携体制・役割分担を考えるきっかけに。雪との戦い:発災後すぐに降雪時期が始まり、翌年5月まで活動停止。
被害・支援の特徴
「白馬の奇跡」──地域でのつながりが強かったことで、安否確認や救助が迅速に行え直接の死者ゼロを実現。
2015
9月関東・東北豪雨
水害
📍 茨城県常総市
死者14人。鬼怒川堤防が200mにわたって決壊した。住宅全壊81棟・半壊7,045棟(全国合計、内閣府)。
災害VC運営支援
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結の動き・学び
都市に近い被災地での受け入れ体制づくり(1日3,000人目標)を支援。廃棄物回収プロジェクトを実施。
被害・支援の特徴
9月21日に3,100人を受け入れ。限られた範囲に大きな被害が出て、全国の支援団体が集結しエリアを手分けして対応。支援団体が集結したことで、1軒の家に対して細やかな支援になった傾向。家屋の壁や床を撤去してカビ防止、もぐって床下の土砂撤去など、より高度な支援内容になっていった。
2016
熊本地震
地震
📍 熊本県西原村ほか
死者275人(関連死含む)。住宅全壊8,642棟・半壊34,389棟(熊本県)。最大震度7が2回観測された初の事例。
他団体調整情報支援生活環境改善
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結の動き・学び
一人での対応の限界を迎えた災害。県域で複数市町村が大きく被災する状況に対応したのは初めてだった。
前震の情報を受けて常総市から走って熊本入りしたため、本震の震度7を益城町で体感。
過去に関わった阿蘇へ顔を出しつつ情報収集を始め、4月〜6月ごろまで、益城町、阿蘇、南阿蘇、大津町、熊本市、嘉島町など広域で情報収集。活動する支援者と火の国会議をつないだ。
夏頃から西原村でもやいハウスをつくり近くの住民の生活環境改善を実施。
被害・支援の特徴
情報共有会議の形式が確立。NPOによるブルーシート張り技術が急速に広まるきっかけに。JVOADが設立される。
2017
九州北部豪雨
水害
📍 福岡県朝倉市
死者40人・行方不明者2人。住宅全壊323棟・半壊1,100棟(内閣府)。大量の流木が市街地に流れ込んだ。
技術支援調整
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結の動き・学び
重機ボランティアなどNPOの支援調整を実施。重機500台分の活動調整。行政との連携の重要性を確認。
被害・支援の特徴
20万トンの流木が発生。土砂と流木の撤去が鍵になった。農業ボランティアセンターが設置された初めての事例。
朝倉市全域における結の重機・人手活動件数(2017年7月〜11月)
朝倉市全域における結の重機・人手活動件数(2017年7月〜11月)
2018
大阪北部地震
地震
📍 茨木市・高槻市
死者6人。住宅全壊21棟・半壊454棟(内閣府)。最大震度6弱。ブロック塀の倒壊が社会問題に。
支援調整
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被害・支援の特徴
屋根の一部損壊などの被害が多く、都市型災害だったため被害件数が多かった。自衛隊との技術連携は難しかった。
西日本豪雨
水害
📍 岡山県倉敷市・広島県坂町・愛媛県宇和島市
死者237人・行方不明者8人(消防庁)。住宅全壊6,767棟。平成最悪の水害。
技術支援調整産業支援
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結の動き・学び
倉敷:一人も返さないボラセンを作る(1日2,900人受け入れ)ためのエリアマッチング支援、局所的な重機対応調整。
坂町:重機で景色を変える。倉敷で活動が一段落した重機チームを調整。
宇和島市:産業支援。一番支援の手が入りにくい立地の宇和島市で、山間部の土砂崩れ対応。家屋復旧などの支援と並行して被災したみかん農家の支援を実施。
被害・支援の特徴
近年の水害被害では最大級。倉敷市では、2階まで浸水する家も多数発生。
📌
この年の動き 西日本豪雨は平成最大の水害。複数被災地を同時に支援するノウハウが蓄積された。
2019
8月豪雨
水害
📍 佐賀県大町町・武雄市
VC支援支援調整
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被害・支援の特徴
大町町では、工場から流出した油の撤去に自衛隊が派遣された。
台風15号(千葉)
その他
📍 千葉県
死者3人。住宅全壊391棟・半壊4,204棟・一部損壊72,279棟。大規模停電が長期間続いた。
支援体制整備
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被害・支援の特徴
NPOが屋根対応のノウハウを自衛隊にレクチャー。NPOと自衛隊の技術連携が初めて実現した。屋根被害に対応するため、自宅の屋根から転落して、3人が死亡、101人が重軽傷を負った。
台風19号(長野)
水害
📍 長野市
死者91人・行方不明者3人(全国)。長野市では千曲川堤防が決壊し長沼地区が浸水。住宅全壊3,273棟・半壊28,306棟。
技術支援NPO活動調整
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結の動き・学び
長野市長沼地区の廃棄物問題について、災害廃棄物回収プロジェクトを提案。官民連携で廃棄物撤去→農業ボランティアの流れができた。
被害・支援の特徴
「ONE NAGANO」という先進的な官民連携事例として記録された。
2020
令和2年7月豪雨(大牟田・久留米)
複合災害
📍 福岡県大牟田市・久留米市
全国で死者84人・行方不明者2人。熊本・福岡・大分など広域が被災。コロナ禍のなかで発生した初の大規模水害。
災害VC運営支援技術支援
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結の動き・学び
コロナ禍で県外からの支援は敬遠されるのではという懸念があったが、現地では「そんなこと言ってられない、助けてもらいたい」との声が大きかった。
令和2年7月豪雨(人吉)
複合災害
📍 熊本県人吉市
全国で死者84人・行方不明者2人。熊本・福岡・大分など広域が被災。コロナ禍のなかで発生した初の大規模水害。
災害VC運営支援技術支援
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結の動き・学び
要請を受けて、発災後約3ヶ月後に活動開始。災害直後に外部支援が入らなかったことで、課題が複雑になっているケースがあった。
📌
この年の動き コロナ禍での災害対応という前例のない状況。感染対策と支援活動の両立が課題に。コロナ禍を受け、災害ボランティアセンターの事前登録制がスタンダード化。
2021
7月1日からの大雨
水害
📍 静岡県沼津市
局所的な浸水被害で、災害救助法適用外の規模。熱海市の土砂災害が大きく注目を集めた。
災害VC運営アドバイス
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結の動き・学び
要請を受けて現地入りし、アドバイス中心の活動。災害救助法の適用外の被害規模だったため、公的な予算がつかないなど制限があった。
8月の大雨
水害
📍 佐賀県武雄市・大町町・嬉野市
全壊5棟・半壊1,168棟(佐賀県)。武雄市・大町町・嬉野市で被害。
技術支援
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被害・支援の特徴
2年で3回の被害を受けた地域。
2022
福島県沖地震
地震
📍 宮城県南相馬市
死者4人。最大震度6強。東日本大震災被災地を再び直撃。住宅全壊21棟・半壊125棟・一部損壊2,886棟。
NPO活動調整
8月豪雨
水害
📍 新潟県村上市
全壊8棟・半壊23棟・床上浸水889棟
NPO活動調整災害VC運営支援
台風15号(静岡)
水害
📍 静岡県各地
死者3人。全壊7棟・半壊/一部損壊3,704棟
NPO活動調整技術支援
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結の動き・学び
県域の被害市町村を回って状況把握。技術支援が必要な場所に他団体を調整。
2023
台風2号(和歌山)
水害
📍 和歌山県海南市・紀美野町
線状降水帯が発生し河川氾濫・土砂災害が多発。
NPO活動調整VC運営支援
九州北部豪雨
水害
📍 福岡県久留米市
NPO活動調整技術支援
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結の動き・学び
九州のネットワークづくりを念頭に起きつつ他団体と共同でベースを設置。九州拠点を活用。
2024
能登半島地震
地震
📍 石川県能登半島(七尾市ほか)
死者704人(関連死476人含む)・行方不明者2人。住宅全壊6,167棟・半壊18,723棟(2026年2月27日時点、石川県)。最大震度7。戦後最大規模の地震被害の一つ。
NPO活動調整支援拠点運営物資支援技術支援炊き出しサロン
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結の動き・学び
七尾市に広域支援ベースを立ち上げ。能登半島の被害は大きく、オールニッポンで対応しているが、課題が大きすぎて復旧が追いつかない。
奥能登豪雨
複合災害
📍 石川県輪島市
地震から9ヶ月後に同じ被災地を直撃した異例の二重被害。仮設住宅も浸水。
技術支援
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結の動き・学び
2重被害を受けた輪島市を中心に支援継続。
被害・支援の特徴
1年に2度の被災は過去に例がなく、入居後の仮設住宅も被災。地震と水害それぞれを合わせた罹災証明書の発行など、前例のない対応が求められた。
📌
この年の動き 能登半島地震は戦後最大規模。9ヶ月後に同じ地域が水害にも見舞われ、前例のない対応が求められた。
2025
能登(継続支援)
複合災害
📍 石川県輪島市
地震から2年目。解体・再建が進む一方、人口流出や産業復興など長期課題が山積。
技術支援コミュニティ支援
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結の動き・学び
技術支援を続ける傍ら、人が集まる拠点「たまりば」を設置。
九州豪雨
水害
📍 熊本県美里町・甲佐町・八代市など
NPO活動調整技術支援
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結の動き・学び
能登対応と並行して対応。九州のネットワークを活用して役割分担。
113月/26

東日本大震災発生から15年にあたって

東日本大震災によって、犠牲となられたすべての方に、謹んでお悔やみを申し上げます。今も家族を待ち続けている方、ふるさとに戻れない方、今も続く苦しみの中にいる方々へ、心よりお見舞いを申し上げます。

善意の人海戦術から専門職へ

あの揺れから、たくさんの人の人生が変わりました。
被災された方だけでなく、支援者と呼ばれる私たちもです。
みんなが目の前の現実をどうにかしなくてはという使命感で走ってきた15年だったのではないでしょうか。

2004年の中越沖地震以降、全国の社会福祉協議会がボランティアセンターを設置する方針になりました。
その仕組み化に向けて全国の社協が研修を重ねたことで、2011年には被災した市町村それぞれが災害ボランティアセンターを設置しました。
大きな被害を前にボランティアができることは限られましたが、一方でも土木の職人など幅広い人が支援に参入するきっかけにもなりました。
その後、技術を持たない人も現場で技術向上を図ってきました。

重機やチェーンソーを使う土砂流木撤去、水害後の家屋再生のための壁や床の撤去、床下に潜っての土砂撤去や消毒、屋根へのブルーシート張り、エアコン室外機の復旧など、技術系NPOの支援メニューはかなり増えています。
ここ数年で高所作業車を使うのも当たり前になりつつあり、使う資機材も本業と遜色ないものになってきました。
定期的に人事異動がある行政と違って、同じメンツで動き続けるNPOメンバーたちは、現場の対応技術や制度への理解も深まっています。

ただ、最前線を走り続けている人たちは本当に同じ顔ぶれで、全国で被災地支援を専門にできる人はごくわずかです。
先輩支援者の高齢化も進んでいます。
被災地支援一本ではまだまだ食べていけない。
切り詰めた生活とバイトをしながら支援に関わる人も少なくありません。
もはやボランティアでもない私たちの存在には、まだ適切な呼び名すらありません。
今後もやってくる大災害に対応するためには、専門家として成立する仕組みをつくる必要があると強く感じています。

そもそも、支援する側だけの問題ではありません。
どこの地域でも、災害に強い人が育ちにくくなっています。そしてそれは地域力の衰退につながります。

15年前より少子高齢化や社会課題の深刻化は確実に進み、どの産業でも後継者不足が深刻です。
地域に動ける人が少なく、担い手不足によって災害時にできる穴はどんどん大きくなっています。

能登で地元の人を見ていると、昔の仕組みがそのまま近くにある、災害に強い生活だと感じます。
家庭菜園で野菜をまかない、米も味噌も確保されている。敷地には、かまどやぼっとん便所が残っています。
コンビニでなんでも手に入る生活だから冷蔵庫は小さくてOK、な都会の便利で快適な生活とは真逆のものかもしれません。

便利を支えているものがなくなれば、途端に不便になる。
普段から生活の横に不便がある暮らしを、あえて選ぶくらいがいいかもしれません。

大規模災害時は外からの供給すべてに制限がかかります。
無数の便利に溺れた生活で、先人が重ねてきた知恵を少しずつ忘れていっています。
この先も便利ばかりが進化して、一人ひとりの生きる力が薄れてしまうのでは、と危惧しています。

未曾有の地震と津波被害から15年。
きっとまた大きな災害は起きます。
その時に後悔しないためにできることはやっておきたい。
便利に頼らず自分の力を伸ばしておくこと。被災地支援の専門家が増えるように、これからも働きかけること。今までの被災地から学び続けること。
結として、今後もいろいろな分野の仲間を巻き込みながら、学ぶ場づくりを進める予定です。

こうして15年ずっと走り続けるだけの支えを、たくさんのみなさんにいただきました。
苦しく悲しいことの先にあったたくさんの出会いに助けられてきました。
数え切れないご支援に改めて感謝すると共に、これからも一緒に被災地支援を通して今何が必要かを一緒に考え続けていただきたいです。

これからも結と各地でがんばっている被災地をどうぞよろしくお願いいたします。

062月/26

1月レポート

元日の地震から丸2年がたちました。
地震や豪雨からの歳月で、少しずつ復旧は進んでいます。

一方で、当時の混乱や苦労は少しずつ記憶から薄れているようです。
まだ当時のことを思い出せるうちに、地震直後にあったことを聞き取りしています。
たまりばでの雑談の間に、「そういえば電気復旧したのっていつだった?」など聞きながら、メモしています。
今後、能登各地で地震の記録を残していくはずなので、そんな時に活用できればいいなと思っています。

全国的に寒波の影響がありましたが、能登もしっかり雪がふりました。
2024年と2025年の冬は雪が少なかったので、例年通りくらい降るのは災害後初めてかもしれません。
地震直後にこんなに降っていたらどうにもならなかっただろうな…と恐ろしく思います。

地震後本格的に降るのが久しぶりなので、寒さによる障害も去年より多くなっている様子。
仮設住宅のエアコン室外機に雪がたまって壊れてしまう、
公費解体で更地が増えたので除雪への影響があったり、
除雪の人手が追いつかないと行政も委託先を探していたりします。

地震後から変わった状況に、いつもどおりの雪。

今後の地区の対応、地域の体制などを少しずつ考えていかなければですが、圧倒的な人手(若手)不足が変わらずの課題です。

雪で畑や外出ができないからと、たまりばに暇つぶしでいらっしゃる方も多かった印象です。
もともと雪の季節は巣ごもりする時期でもあります。
「家でねまって(寝転んで)テレビ見ているよりはいいわいね」と、ちょっとやってきて、私たちやお友達同士でお話しています。
春の畑再開までに体がなまらないように、たまりばを活用してもらえて嬉しいなぁと思っています。

 

仮設商店街

12月末に輪島市町野町に念願の仮設店舗がオープン。
4事業所中、3事業所さんが営業を再開させています。
(全店舗そろうのは春頃の予定)
地震直後に崩れた店舗から、どうにか取り出した機材やテーブルがお店に並んでいました。
去年夏に関東から少しずつ運搬した厨房機材も活用されています。

仕事姿の店長たちを見ることができて、本当に支援者冥利につきるなぁとしみじみ感じます。
こうして(仮設でも)再建まで活動を継続してそばに居られるのは、たくさんの方のご支援やご尽力あってのことです。
本当にありがとうございます。
みなさんがイキイキお仕事されている姿、ぜひ見に来てください!

仮設商店街に使えそうな資機材を、七尾市和倉温泉の多田屋さんからもいただきました。

もうすぐ解体がはじまる館内から、冷蔵庫やテーブル・食器・棚・飾り部品など。
他の団体や事業所さんも紹介し、施設の方が驚かれるぐらいいろいろな物をいただきました。
丁寧にご対応いただき本当にありがとうございました。
リサイクル市の売上を寄付として多田屋さんに還元している動きもあります。
もったいないでつながり、おたがいさまでみんなで少しずつ復旧していく姿をうれしく思います。

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1610月/25

9月レポート

能登

夏休みの学生たちや、春頃から企画が動いていた企業ボランティアなど、団体の方たちの受け入れが多くありました。
たくさんの人手が必要な現場が多かったので助かりました。
おかげで、畑のビニールハウス解体や土砂撤去などたくさんの現場が進みました。 家の中のお手伝いもわずかにあります。

お手伝いの必要なニーズの中で、福祉ニーズの割合も増えたような気がします。
・地震後の雨漏りがあり、家の老朽化にも関係するので本格的な修理が必要だが予算的に3桁万円以上するために難しい
・土砂撤去など災害由来のお手伝いは進むが、家の再建をどうするのかを判断する人がいないため、なかなか暮らしの立て直しにつながっていかない
・自分の生業のために仮設住宅と自宅敷地内の倉庫で二拠点生活を続けるつもりだが、生活に必要なものを全部自力で整えるには高齢なため時間がかかる

など被災状況、世帯状況によりさまざま。
災害をきっかけに関わる機関が増えている今、できるだけ課題の整理をしたいところですが、一朝一夕では進みません。

隔週で開催している、夜の持ち寄り飲み会のたまりBAR。飲みながら、町の未来を妄想したり、ちょっと話し込んでみたり、子どもたちが遊んでいたりにぎやかです。

ようやく町野町の仮設商店街の着工もありました。
目に見える部分も見えない部分も、いろんな場面でまちづくりが進めばいいなぁと思います。

地震直後に酒米の救出などで関わった、松波酒造さんも仮設店舗で営業を始められました。
いろいろな方が少しずつ前に進んでいるニュースは嬉しいもの。
これも、今までたくさんの人たちがお手伝いに来てくれたからに他なりません。
復活して前進していく姿も、また見に来てもらいたいなぁと思います。

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熊本

土砂崩れが多数発生していた美里町、甲佐町の復旧を、九州テクニカルネットワークのメンバーと一緒に進めています。
9月からは、二つの町の対応が少し落ち着いたため、八代市で活動するコミサポひろしまの助っ人に入っています。
龍峰地区では土砂崩れ被害が発生。
浸水件数に比べると土砂崩れの被害件数は少ないものの、土砂が家に流れ込んでいるので一軒ごとの対応にかなり時間がかかります。

美里などと同じく、腰の高さまで土砂に埋もれている家もありました。
見た目の衝撃も大きいので、災害後すぐは家の片付けに前向きでない方もいらっしゃいました。
しかし、たくさんの支援者が来て景色を変えていくことで、元気になってきたり笑顔を見せてくれたりしています。
大学生などが団体で来てくれるとそのパワーは顕著で、とても助かりました。
ビフォーアフターでまとめて見るとみんなの頑張りが伝わりやすいかもしれません。
ぜひ活動報告の動画をご覧ください。