Category Archives: 2019年

019月/19

九州北部豪雨−現場調査レポート8/31

8月最後の31日。同時に、水が来てから初めての週末です。
朝から福岡市内で開催された、福岡県情報共有会議に出席しました。
福岡県内の支援団体が中心に集まりました。各地の被害状況の共有や、今後の対応について話し合いました。
2017年の朝倉市の土砂災害の印象が強いのか、今回の水害の復旧も、土砂の撤去が必要なのかと思っていた方もいらっしゃり、現場の状況のすり合わせができました。

 

31日から災害ボランティアセンターの活動が始まった地域もいくつかありました。
大町町でもボランティアが家財の搬出などを手伝い、復旧作業が進みました。
自衛隊などの協力もあり、大量の災害ゴミに、道が塞がれてしまうのではという懸念も回避できていました。
しかし、いまだにボタ山の斜面崩落が進んでいて、夕方には一部地域に避難指示が出されてしまいました。30日に一旦少なくなった避難者が戻ってきて、少し混乱していました。

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自衛隊の仮設風呂が設置されたり、ダンボールベッドやマットが導入されたりし、生活環境が改善されているものの、人数が増えたことで避難所のキャパオーバーなど全体的に気になります。
水害の復旧に加えて、油の流出への対応(農業などへの影響も含めて)、斜面の崩落、以前からの地域性などの問題。もともと小さな行政単位の町には、少し重たすぎる課題量かもしれないと考えています。
その点を踏まえた多角的な支援を心がける必要がありそうです。

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夜は、また佐賀市内で佐賀県で活動するNPO等が集まる会議に出席してきました。
各地の被災状況、支援の状況などを確認し、粗方の被害規模が把握できたと考えます。
今回の被害規模は、佐賀県・福岡県、合計で床上浸水1,000軒に満たないでしょう。
一部土砂が崩れた、油の対応がありますが、基本的には一番シンプルな浸水被害で泥も少ない傾向が強い。
土砂がないので人海戦術は必要なく、全国規模での一般ボランティアの募集の必要性は低いです。ただ、床剥がし、床下の対応、壁の対応など大工プロボノに関しては、多すぎることはなく、全国に声をかけるべきでしょう。複数の隣接する市町村が被災しているので、行政単位に関わらず調整するような柔軟な動きが求められかす。
また、外部からのプロボノ支援は長期的に活動を望めるものではないため、早い段階でノウハウを地元に移行し、活動・調整共に九州の組織やネットワークが担えるようになることが最も良いと考えています。

以上の見立てをもって、JVOADと連携した先遣チームの一区切りとします。
1日からは、一度佐賀県内のボランティアセンターの動向を確認しつつ、プロボノ活動調整サポートなどを実施する予定です。

 

8月29日の活動レポート
8月30日の活動レポート

318月/19

九州北部豪雨−現場調査レポート8/30

30日は朝から、朝倉市の避難所になっていたらくゆう館へ。その日の朝まで20人が避難していたそうです。
2017年7月の九州北部豪雨から2年以上が経ちますが、こうして度々避難しなければならないことを聞くと、あの時の被災がずっと続いているなと感じます。

杷木ベースとリエラのメンバーと合流し、一緒に広川町社会福祉協議会・八女市社会福祉協議会・筑後市社会福祉協議会・久留米市社会福祉協議会へ。
社協の施設が被災してしまった所や、社協スタッフが既に被災したお家の作業に入っているところ、31日から災害ボランティアセンターを始めるところなど、状況はまちまちでした。

幸い、どこも大混乱に陥るような被害にはなっていない様子でした。そもそも何度も浸水被害にあっている地域は、水害に慣れているから大丈夫という意見もありました。
ただ、まだ被害の全体が分かっていない所があったり、久留米市のように去年と先月も浸水して2年で3回被害があったりと、決して軽い被害ではありません。大きかろうが小さかろうが、被災した方にとっては大きな問題であり、修繕にお金がかかるのという事実は変わりません。

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また、同時に被害を受けている佐賀県内への注目度が高いため、時間が経つにつれて支援者の確保が余計に難しくなる可能性もあります。
福岡県内や九州地方同士で、情報共有や活動の際の連携ができれば、今後九州での底力をつける機会になるとも考えています。

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そして、各地で得た情報を、関係性のある支援団体たちと共有しました。
各地の状況、住民の方の様子、問題点やこれからの懸念点などを議論しました。これらの情報や課題はまた31日からの活動で役に立てたり、解決したりしていきます。

31日は、佐賀県内でいくつか災害ボランティアセンターが始まるので、その様子を確認したり、情報共有会議に出たりと福岡県・佐賀県の両方で活動する予定です。

 

調査レポート8/29はこちら

308月/19

九州北部豪雨−現場調査レポート8/29

 

朝から佐賀県入りし、被害が大きいと予想された武雄市と大町町へ向かいました。
最初に向かった武雄市朝日町地区では、早朝から住民が自宅の片付けを始めていました。道路は泥でベチャベチャになっていて、その泥を敷地外に掻き出す作業が目に付きました。
しかし、まだ動かなくなった大型トラックや乗用車が多く交通渋滞が起きる様子も。

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その後、大町町へ移動し、油が流れ出た現場へ。
近くはまだ道路の冠水があり、幹線道路が通行止めに。ここでも渋滞がおきていました。
車では進めないので歩いて孤立している病院が見える場所まで行き、近くの方にもお話を聞いてきました。

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油の撤去作業に合わせて、排水を進めている様子で、孤立解消には時間がかかる可能性もありそうでした。また油への十分な知識が不足しているため(作業をしている人も近隣の住民も)、その辺りの情報共有が必要です。

油の詳細情報と、対策案をJVOADなどの関係団体に問い合わせながら
大分県のリエラ杷木ベースのメンバーたちと合流し、3つに分かれて武雄市と大町町の避難所の様子を調査しました。

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それぞれの現地の情報をまとめて、夕方からは佐賀県内にいる支援者の情報共有の会議に出席。県内各地の情報を確認しました。

その後は、関係団体のレスキューアシストOPENJAPAN、などとも合流し、明日30日の動きを確認。まだ確認ができていない佐賀県内の市町村や、福岡県内の被災地域の情報収集を行う予定でまとまりました。

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また30日以降もレポートしていく予定です。

298月/19

佐賀県内での情報収集を始めました

九州北部地方の豪雨において、被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方々とご遺族に深くお悔やみを申し上げます。

災害NGO結として、まずは現地の状況と情報収集のために29日朝から、佐賀県武雄市へ入りました。
今回も、山形県沖の地震における調査のように、JVOADと連携して活動します。
まだ、孤立が続いていたり、道路冠水で通行不可能な場所も多いなど、注意が必要ですが、安全に配慮しながら情報収集します。

現地の様子は、FacebookTwitterなどでも発信していきますので、あわせてご確認ください。

8月29日の活動レポート
8月30日の活動レポート
8月31日の活動レポート

057月/19

九州南部豪雨調査レポート

九州南部豪雨 初動レポート

今回の九州南部を中心とする豪雨で、犠牲になられた方に心よりご冥福をお祈りします。また、被害にあわれた方に心よりお見舞い申し上げます。
2019年6月30日頃から九州南部に集中して振った雨を警戒し、7月2日から4日にかけて、現地で被害調査をしました。その詳細をまとめたレポートです。


①九州南部を中心に停滞している梅雨前線に湿った空気が流れ込み、まとまった雨が予想される
②梅雨前線が長い期間停滞する予報で、長期的にまとまった雨が集中して降る可能性がある
③桜島や阿蘇山など火山が近く、火山灰のシラス台地という地質が、まとまった雨には弱く、過去にも大規模な災害発生している

以上の状況を踏まえ、特に鹿児島県や宮崎県で大規模な災害が発生する可能性が高いと判断しました。
また、2016年の熊本地震から活動するKVOAD、7月5日で発災から丸二年を迎える福岡県朝倉市の杷木ベースなど、九州には関わりのある団体が多く、
(1)雨の状況の確認や「もし何かあった場合」の体制などを確認すること
(2)7月7日に愛媛県宇和島市で、西日本豪雨から丸一年の慰霊式典に出席予定であること
など、様々な用事やスケジュールを踏まえて、7月2日に九州入りしました。

 

【事前調査】


まずは福岡県朝倉市杷木に向かい、現地の様子をチェック。2017年の豪雨で土砂流出が起こりやすくなっているため、現地で活動を続ける杷木ベースで状況を聞きました。幸いまとまった雨が振っていなかったので、大きな被害もでておらず。今後の気象状況に注意を向けるように伝え、熊本県へ向かいました。

ちょうど火の国会議(熊本地震発生後から毎週開催されている支援者のための情報共有会議)が開催されていたので、出席。熊本地震からの復興支援で現在課題になっていることなどを聞いた後、3日〜4日にかけて降ると予想されていた雨について、参加者と協議。熊本県内では人吉や水俣など南部で水害が起きやすいという点などを確認。2日までの雨で冠水していた益城町の状況なども聞きました。また地元支援者から、鹿児島県や宮崎県の支援者の情報などをヒアリングしました。

 

【現地調査】

雨の様子を見ながら、南下し、鹿児島県に入ったところで待機。雨のピークが過ぎた4日朝までの情報で
・南さつま市の万之瀬川の決壊
・霧島市の住宅冠水
・宮崎県都城市
・2年前に被害を受けた垂水市
・雨が多かった大隅半島
などが気になったので、霧島市内で冠水したと報道があった地区から調査を始めました。

しかし、該当のエリアでは住民が家で片付けを進めるような姿もなく、落ち着いた様子でした。
霧島市内では、山肌が露出している箇所が点在していました。小規模のものが多く、民家や建物へ被害を及ぼしているものは多くはない印象です。また、1日から降り続いた雨によるものもあり、すでに復旧作業が進められている場所もいくつかありました。
河川の状況も、普段からは大幅に増水していましたが、はん濫危険水位から下がり、このまま順調に水位が下がっていくと予想ができました。
ただ、川の水は真っ茶色に濁っており、川の中にも砂などが堆積していました。それぞれの山からの土砂流出が少なくなかったと想像できます。

南さつま市については、メディアからドローンの映像が発表されていたこと、田畑が主で住家への被害は少ないと判断したため、今回は現地まで足をのばしての調査を見送りました。

 

【結果として】

今回4日朝までの降雨による被害は、現段階ではあまり大きくは現れていないと考えます。今までにない雨量を考えると、大きな被害が最小限に抑えられたと感じます。
しかし2017年に九州北部豪雨の被害を受けた日田市では、雨が止んだ翌日に大規模な地すべりが発生するなど、降雨のタイミングとはずれて被害が発生することもあります。まだ地中に含まれる水分も多く、崩れやすくなっていることから地震などへの注意も必要です。
更に、来週以降に再びまとまった雨が降るという予報もあり、それまでにどれくらい山や土地が落ち着いているか分かりません。
予断を許さない状況は続いていると考えたほうが良いでしょう。今後も特に九州南部の気象状況に注意したいと思います。

 

**2018年度の活動報告はこちらから**

216月/19

新潟・山形地震調査レポート

2019/06/21災害NGO結

18日に発生した地震の情報を受けて、災害NGO結として、またJVOADの先遣隊として現地で情報収集を行ってきました。結果として今回は、収集した情報を行政や地元団体に伝え、問題点や今後の課題などを整理するという役目になりました。
今回の調査で見えたこと、結として課題だと思うことをまとめました。レポート内の被害数値などは目視による大まかな数です。また、いずれの情報も、発災から2日で分かった情報です。被災地では毎日状況が変わるため、このレポートの内容も状況に沿ったものではなくなる場合もありますことをご理解ください。

19日の朝に現地入りし、揺れの大きかった新潟県村上市、山形県鶴岡市の地域を回って調査しました。被害の件数と規模から考えて、大変かもしれませんが地域の資源(行政、制度、業者、社協など)でカバーできる範囲だと判断しました。その後、村上市・鶴岡市の社会福祉協議会などと、復旧対応の確認をしました。

また、避難所については、発災当初は数百人規模の避難者がいましたが、翌日からは多くて30人ほど、2日目が終わる頃にはほぼゼロの状態に落ち着きました。倒壊した家屋もほとんどなく、家に帰ることが可能で、物理的に避難が必要な人がほとんどいないことが要因と考えられます。今後の継続した心理的ケアは必要ですが、一旦避難所という形は解消されました。

以上の現地の被害状況・現地の対応状況を総合的に見て、災害NGO結としては外部からの支援は必要ないと判断しました。

屋根の被害は大小含めて200件ほどだと見積もりますが、これは極端に言えば、外部から経験のある支援団体を呼んで対応ができうる数でもあると考えます。
しかし大阪や熊本の地震被害で、1〜2年後でも何度も張替え案件が出てくるように、今回も対応が長期化する可能性があります。今全ての被害があった屋根にブルーシートを張るのは可能かもしれませんが、ほとんどの外部団体は張替えなど長期的な対応は難しいはずです。
(梅雨入りしたこの時期に、どこまで一つの被災地に関われるのかも見通しが立ちません)

以上の理由から、屋根の応急手当は現状対応を進めている地元業者にお任せし、中途半端に外部から手を出さないほうが良いのではないかと考えました。

外部支援でお手伝いすることは簡単ですが、それが地元の力を削ぐことにつながってしまうことを懸念します。数日だけ外部から応急手当が入るより、本復旧に向けて行政の制度を拡充したり、ブルーシート張りの仕組みが地元で作られるほうが、長期的な目で見て、地域のためになると判断しました。
ただ、張り方の細かい点は、NPOの方が経験を蓄積しているので、ノウハウ提供という形で協力できるということを提案しています。

発災からの動きや現地の状況、被害が小さかったからこその問題点など今後の課題などは以下にまとめます。


現地の状況

・新潟県村上市山北地域と隣接する山形県鶴岡市温海地域で被害が見られた
・主に沿岸部の集落で被害が見られ、山間部からは被害の報告なし
・被害の殆どは、屋根の瓦がズレたり落下したりという一部損壊判定に相当するもの。家屋の倒壊などの被害は見られなかった。
・両県合わせて屋根の被害件数は、緊急対応が必要ないような被害を含めて、150〜200軒ほど
・翌日から複数の地元業者がブルーシートを張る応急対応を行っていた。しかしブルーシートの種類(厚み)や張り方など、長く保たせるためのノウハウはない。雨の中の作業がされていたように、安全管理の面でも改善できる点がある。
・家の中の家財の転倒なども、殆どの場合は近隣の助け合いや親類感での助け合いなどで解決している様子

 

気づいた課題

・被害件数が少ないため、災害救助法が適応されない見込み。このため、避難所運営費用や復旧にかかる費用などの国庫からの支援がなく、市の独自予算で対応しなくてはいけない。
・被災者再建支援法など、個人への資金的手当制度がないため、屋根の修復や敷地内の被害など、完全に自力での復旧が求められる。
・ブルーシート張りが進んでいるが、応急手当でしかなく、今後張替えや本修理までの長期的な目線で考えている人が少ない。
・温泉街で、源泉からの配湯が地震の影響でストップしていた。一時営業ができない状況になるなど、観光地への打撃があった。すぐに完全復旧とはいかないため、集客に影響が出る可能性が高い。また、その他県内で被災がない地域でも地震の影響で客足が遠のくなど、今後の産業被害については注目しておく必要がある。
・今回の被害は、新潟県と山形県に跨った被害だが、地域が隣接していて、コニュニティの中に県境があるような状況。行政の支援の格差によってコミュニティが分断されないように、それぞれの温度を合わせるという配慮が必要になる。

今回の調査、災害NGO結の動き

18日22時22分の発災情報を受けて、関係団体と連絡を取り合う
19日0時 バイクなど準備品を揃えて滋賀を出発
19日7時 新潟県村上市入り
19日8時半 府屋地区など被害があった地域の調査開始
19日11時 新潟県内の被害を粗方確認、山形に調査で入ったOPENJAPAN、新潟市と村上市南部の被害を確認していたレスキューアシストと合流して簡単な打ち合わせ
19日13時 村上市内で、新潟県協、新潟災害支援ネットワークと合流、打ち合わせ
19日15時 山形県鶴岡市内で山形県社協、鶴岡市社協、鶴岡市所担当と打ち合わせ
19日17時 村上市内でJVOADスタッフと合流、JVOAD、OPENJAPAN、レスキューアシストと打ち合わせ
19日18時 村上市内で新潟県社協、村上社協、新潟災害支援ネットワークと打ち合わせ
19日20時 JVOAD東京事務所などとネット会議
******
20日8時 鶴岡市内の液状化被害の確認
20日9時 鶴岡市由良地区、温海地区の調査、大岩川、小岩川の調査(再)
20日15時 村上市内で打ち合わせ
20日16時 鶴岡市内で社協、JVOAD、OJと打ち合わせ
20日18時 JVOAD東京事務所とネット会議

196月/19

新潟県で情報収集を始めました(6/19、11:30追記)

 

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昨夜6月18日22時22分に発生した地震について、被害にあわれた皆さまに心からお見舞い申し上げます。今後の余震など更に大きな揺れなどが起きたり、被害が拡大しないようにと願うばかりです。
災害NGO結では、地震発生の知らせを受けて、情報収集のため震源地の新潟県山形県に向けて出発しました。

6月19日の朝から新潟県に入り、JVOADと連携しながら情報収集を始めています。
被害の発生は震度だけでは測れないため、今後の支援がどれくらい必要なのかは、現地での調査を踏まえた上で判断するべきだと考えています。
そのための調査として現地入りしたところです。
余震や2次被害の可能性を踏まえ、安全第一で活動します。
今後、HPやfacebookなどで情報発信していきます。

被害が大きかった県境の地区でも、全壊など大きく倒壊している家屋はみられません。また水道や電気は、機器に破損がなければ問題なく使えている状態です。新潟市などの近隣市町村はもちろん、被災地域内でもコンビニや商店ガソリンスタンドなどの営業がされています。必要なものは十分手に入ると考えて良いと感じます。

必要な支援は何か、落ち着いて考えていただければと思います。

285月/19

活動報告−九州スタディーツアー本編

 

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5月14日〜16日でスタディーツアーが実施されました。結も、アドバイザーとして二日間同行しました。主催はひちくボランティアセンター(NPO法人リエラ)で、一年前は参加者として熊本に勉強に出向いた側が、企画して受け入れる形になりました。→これまでの経緯について

1日目−朝倉市

2泊3日の内、2日間はインプットの日。ということで、朝倉市に着いた一行は早速、杷木ベースへ。ベースの周辺を歩いて実際にどんな被害があったのかを確認しました。その後、朝倉市・社協・JA・生協などにも集まっていただき、それぞれの活動内容や今までの経緯を聞きました。

被災地の中心にベースを構えて地域の人に気軽に立ち寄ってもらえる場所になった杷木ベース、支え合いセンターのみなし仮設訪問について、JAが月に一度開設している農業ボランティアセンターの取り組み、みなし仮設や在宅住民の交流促進を目的としたふれあい農園、他にも社協(支えあいセンター)や農協と市民活動が連携し課題解決を進めている事例などがありました。
夜には、地元の方と宇和島の支援者とが交流する場があり、今後の活動につながる懇親会になりました。

2日目−東峰村、日田市

朝から朝倉市の中でも被害が大きかった松末地区を通って、お隣の東峰村へ。仮設団地の自治会長さんからお話を聞きました。被災直後の話から、若い担い手がいない村の現状、そして仮設自治会長として、地元で支援を受ける調整をする側としての思いなど色々な話がありました。

特に、仮設住宅を出てからのことを考えて、受ける支援を調整するという「支援の引き算」という考え方は、今後の宇和島でも重要な支援になると感じました。人はその状況に適応していく生き物です。仮設住宅のサロンの「おばちゃん、ご飯のおかわりぐらい自分で行けるやろ」というエピソードのように、被災者を骨抜きにしてしまうような支援であってはいけません。それは、支援を受ける側と支援をする側の双方が気をつけるべき点でもあります。

 

その後は井上酒造さんへ。文化財にも登録されている貫禄のある建物にてお話を聞きました。豪雨の中ご近所さんが酒蔵へ避難されてきた話、蔵が被災した話、原料のお米も被害を受けたけど更に新しい挑戦をしている話など、ちょっと涙腺が緩んでしまうような、地元と酒蔵への愛が溢れるお話でした。

お昼ご飯は、古民家カフェをやっているすずれ元気村のくまちゃん家へ。実は2012年の九州北部豪雨でも被害を受けており、そのときに結成したすずれ元気村のメンバーが立ち上げた集まる場が古民家カフェでした。しかし、オープン前日に二度目の九州北部豪雨が発生。カフェは窓ガラス一枚が割れただけでしたが、すずれ(鈴連)地域が土砂崩れで大きく被災。お話をしてくれた代表の方ご自身も被災し、みなし仮設で生活をされていました。

同じ地域の同じ「被災者」でも、被害が違えば受けられる支援制度も変わってくること、それも原因で何でも言い合える仲の人が少なくなってしまったこと、周囲に知り合いの居ないみなし仮設で気分が滅入ってしまい孤独感を感じていた話など、当事者目線の感覚を共有してもらうことができました。

 またNPO法人リエラの代表からは、その前身であるひちくボランティアセンターの活動などを紹介してもらいました。緊急期だからできた活動、その後落ち着いて来たときに必要になったこと、失敗したことなども教えてもらいました。支援のために必要な情報の集め方など、支援活動のちょっとしたコツから、組織運営の話まで、今の宇和島に必要な情報が盛りだくさんでした。

 以上の大きく4箇所を巡るツアーでした。

そしてツアーの締めくくりとして、2日目の最後に振り返りの時間がありました。この振り返りにはファシリテーション協会の方にもご協力いただきました。実は、朝倉市では、情報共有会議の議事進行サポートを緊急期の段階からしてもらっていました。宇和島市では、今まで外部の人に会議や議題の整理をしてもらうという経験がなかったので、良い機会だったと思います。

そんな助っ人の力も借りて、ツアー中に感じたことや今後宇和島の活動に活かせることなどを話し合うワークショップを行いました。それぞれ、訪問した先で気づいたことや、具体的に真似できそうなことなど意見があがっていました。

 二日間の日程で朝倉市~東峰村~日田市と訪れた今回のツアー。サポーターとして同行し、改めて被災地同士が交流するメリットを感じました。他の被災地と比較することで新しい気付きが生まれ、受け入れる側も準備の過程で学ぶ場になっていました。また、こうして団体を越えて共に考える時間を持つことが、関係を深くし、今後何かあった際に連携し合える仲間作りにも作用すると思っています。

 緊急期から中長期へと移行していくこの時期。外部支援者たちが少しずつ撤退していく中、地元支援者たちの自立が被災地にとって必要不可欠になっていきます。自立のために、広く長く客観的な視点の重要性を伝え、前に進んでいくきっかけを作るのも、離れていく外部支援者の一つの役割だと思っています。これからも、程よい距離感を大切に、被災地と向き合っていきたいと思います。

平成29年7月九州北部豪雨の直後の被害の様子

225月/19

活動報告-東北訪問

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東北の震災から8年が経ちました。災害NGO結の活動が、あの時の仙台から始まりましたが、ここ数年は活動を理由に足を運べていませんでした。また現地に行けていないことが、余計に訪問へのハードルになっていました。
そんな後ろめたさを抱えながらも、数日間だけ東北にお邪魔してきました。訪問した感想は、やはり定期的な訪問が必要だということ。今回は宮城・岩手の数カ所をまわりましたが、それぞれの被害や地域性によって風景が変わっている点が興味深かったです。

最初に活動で関わった仙台宮城野区。沿岸部の整備が進み、道路が嵩上げされていました。市街地では開発が進んで新しいマンションが立ち人口が増えたりと、色々な形で街が変わっていっています。当時から交流があった被災後仮設に入らず、踏ん張っていた方が立ち上げたお茶飲み手芸サロン「つぎはぎすっぺ茶」にお邪魔しました。未だに近所の方が集まっていて、手と口の両方をせっせと動かしていました。隣の七ヶ浜でも、地域の人が集まる場が継続的に運営されていました。

岩手県陸前高田市でも、高台に作られたオシャレな建物で運営されている集まる場にお邪魔しました。料理教室やシネマ会、古本交換会やハンドメイド講座まで、幅広い集まる機会が設けられている素敵な場でした。
しかし国の復興予算で高台に作り変えたものの、大規模な高台工事に時間を要し、街が作られ始めたのもここ数年になってから。計画段階では街に戻ってこようとしていたけれど、待ちきれずに離れてしまった人も多いそうで、買い取り手のない土地や復興住宅の空きが問題になっています。どこにも共通しますが、計画当時には予想しきれなかった人の流れが、新たな課題や問題を生み出しています。

 

震災と津波の影響は北部ほど大きく、石巻市より北部(女川・気仙沼・南三陸と岩手県)では、街が一から造られたような印象を受けました。復興住宅と真新しい外観の商店がポツポツ並ぶ町並みが、共通しているような気がしましたが、市町村によって進捗具合はまちまちでした。震災遺構についても対応が分かれていて、街のシンボルのような構造物をいくつも保存しているところもあれば、ほとんど撤去されてしまったところもありました。市町村での対応が分かれた点には、その行政区内での被災の度合いも影響しているかもしれません(沿岸部は被災しましたが、中心地区は大きな被害を免れたところもありました)。

また、地域によってはデザイン性の高い建物や商業施設が並んでいましたが、人影はまばら。国内の修学旅行やインバウンドの影響はあるようですが、土日なのにこんなに店が忙しくないと話す人が居るように、時間の経過とともに観光客の数も減少しているような気配でした。

その一方で、災害直後に多数の外部支援団体が入った石巻市などでは、未だに複数の支援団体によるコミュニティ支援などが継続して行われています。カーシェアリングで復興住宅での移動手段の確保やシェアコミュニティの形成支援、移動支援として自力移動が難しい方の支援、戸別訪問による見守り支援など、基本的にはコミュニティの維持形成や見守り支援が主です。

当初は外部から来た支援者が移住したり、スタッフが地元出身者に入れ替わったりと、地元化が進んでいました。またそういった団体のボランティアとして外部から定期的に関わる人もおり、一定の人口の関わりが見られました。これは、最近よく言われる関係人口の創出として、今後人口減少が特に進む地方でも参考にできることが沢山あると感じました。

 

3日ほどの短い行程でしたが、久しぶりの東北訪問で色々なことを見ることができました。特に街の物理的な変化は、あの発災直後からは想像が追いつかず、どこがどう変わったのか、当時を思い出すのが難しいほどでした。この変化を見て、改めてボランティアという力は復旧作業を前に進めるのではなく、作業を通して被災した方に寄り添うことに発揮されるものだと感じました。

また、復興住宅から出て次の住処に移る、つまり復興住宅がゴールではないことや、被災者が支援を受けることになれて麻痺してしまい、自分のことができなくなる支援慣れなど、どこの被災地でも共通して起こる問題を再確認することができました。
そしてこれらの問題は、2016年に地震被害を受けた熊本や、2017年豪雨の朝倉市・日田市など、最近被災地になった地域にも共通するところがあります。
そして東北で継続的に活動している団体の失敗事例や工夫した事、新たな試みやその背景などの生かせる教訓やヒントを、もっと後の被災地に繋いでいきたいと思っています。

【東北訪問先】

宮城県
つぎはぎすっぺちゃ(仙台市)
きずなハウス(七ヶ浜町)
OPEN JAPAN日本カァーシェアリング協会(石巻市)
移動支援Rera(石巻市)
3.11みらいサポート(石巻市)
ON THE ROAD(石巻市)
女川町
気仙沼大島(気仙沼市)
など

岩手県
ほんまるの家(陸前高田市)
潮目(大船渡市)
鵜住居復興スタジアム(釜石市)
など

◇東日本大震災の当時の被災地の様子→こちら

145月/19

活動報告−九州スタディツアー準備編

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 災害NGO結の主な活動の一つに「伝える活動」があります。
各地の支援活動での経験を伝えることが、他の地域での防災につながるためです。

2018年から、伝える活動のプログラムに「スタディツアー」を盛り込みました。このツアーは、先輩被災地から後輩被災地へ、支援にまつわる経験を伝えてもらうことが一番の目的です。

企画のきっかけは、九州北部豪雨の支援について悩んでいた朝倉市(福岡県)の支援者の姿を見たことでした。当時は発災から時間が経って、目に見える課題から見えない課題の方が多くなってきた時期でした。そこで、1年半先に被災して支援を続けていた熊本の支援者に、中長期的な支援の方針や失敗談など、生きた経験を聞きに行く目的で実施しました。
また朝倉市、日田市、熊本の支援者が交流することで、九州地方の支援者ネットワークの構築をサブ目的としました。
実際に、ツアーの3ヶ月後に発災した平成307月豪雨では、熊本・日田・朝倉の支援者が連携し、愛媛県宇和島市で活動してくれました。

この一連の流れがあり、2019年の今年は、ツアーの参加者だった日田市支援者がホスト役となりました。日田市と朝倉市へ宇和島市の支援者を招待する企画です。今回結としては、ホスト側・参加側の両方と深く関わりがあるため、企画のサポートという形で準備段階から参加しています。
研修を深みのあるものにするため、何度か日田と朝倉で事前打ち合わせをしました。今の宇和島の課題などを共有し、スケジュールの微調整や事前学習会の実施などを提案しました。

それぞれの被災地では、被害規模や支援の背景などさまざまな違いがありますが、なぜその支援がされているのかという背景と目的や、長期的に発生する課題などには共通点も多いと考えています。また、発災からずっと一つの被災地に向き合ってきたこのタイミングで、ちょっと一呼吸置いて他の地域を知ることで、俯瞰的に各自の活動を見つめ直す機会にもなるはずです。
更にホスト側としても、自分たちの活動や課題を紹介することで自身を振り返り、それが新しい学びになると考えています。
今後もこうした場の企画やサポートなど、間接的に被災地を支援するという方法も取りつつ、細く長く被災地を応援します。

 

◇九州北部豪雨の被害のようす→こちら